【海外記事紹介】「キリスト教右派なくして、トランプ大統領はなかった:その見返りに彼らは何を求めているのか?」(AlterNet)

 「トランプの勝因」みたいなものにあんまり関心がないと言うと、こんな記事を書いたりもしたので、ちょっと欺瞞めいてしまうのだが、一般投票で300万票近く負けていた彼のきわどい当選は、なにか突発的な新しい事態や新たなトレンドというより、いくつかの中長期的なトレンドの歪な結節点のようなものとして論じられるべきものであろう、と思う。AlterNetの記事「キリスト教右派なくして、トランプ大統領はなかった」(Jason Wilson, "Without the Christian Right, There'd Be No President Trump: What Do They Want in Exchange?", AlterNet, 2016/12/18)は、その際の重要なトピックを正面から取り上げている。すなわち、話題としては何の目新しさもない、しかし政治的には重要な、「キリスト教右派」(Christian right)という存在である。

 記事では、キリスト教右派の政治運動に詳しい専門家として、右翼団体・白人至上主義団体の動向を調査している「政治研究協会」(Political Research Associates)の上席研究員フレデリック・クラークソン(Frederick Clarkson)、非営利・独立の研究機関「公共宗教研究所」(Public Religion Research Institute)の代表で『白人クリスチャンによるアメリカの終焉』(The End of White Christian America, Simon & Schuster, 2016)の著者ロバート・P・ジョーンズ(Robert P. Jones)、フッド・カレッジの準教授キャリン・ロビンソン(Carin Robinson)の三人の見解が紹介されている。以下、記事を抜粋し、〔〕で発言者名を適宜補った。

「ヒラリー・クリントンが私の聖書を奪い取りに来る」

「オルト・ライト」(alt-right)[訳注1]と呼ばれる存在がドナルド・トランプの勝利以来多くの注目を集めてきたかもしれないが、キリスト教右派(Christian right)こそが彼に勝利をもたらしたものである。そして専門家たちは、キリスト教右派こそがトランプの統治のあり方により影響を及ぼすであろうと言う。


〔クラークソン〕「キリスト教右派は政治運動として成熟してきました。彼らは、自分たちが望むほど一貫してかつ全面的に彼らの信仰心を満たす政治的指導者をつねに手に入れることはできないと理解しています。」


福音主義者の「信仰と自由連盟」(Faith and Freedom Coalition)の議長ラルフ・リード(Ralph Reed)がFox Newsに語ったことは、クラークソンの分析を裏付けているように思われる。「彼らはドナルド・トランプが自分たちの一員だなどという幻想は抱いておりません。」リードは、福音主義者の信徒たちについてこう語った。「ところで、彼らは、トランプにそうなってくれとも求めていないのです。彼らがトランプに求めているのは、彼らの問題関心を共有してくれること、そしてそのために闘ってくれることです。トランプはこの両方の点において信徒たちを納得させたのです。」

多くの選挙後の報道(なかには、不必要に媚びへつらうものもあった)が、より新しくて目を引く、あからさまに白人至上主義的なオルト・ライト運動を注視してきた。スティーヴ・バノン[訳注2]のような同調者がホワイトハウスにもたらす影響を人々が懸念するのは正しい。しかし、その運動の中核となるファシストは、10000人に届くかどうかといった数である。永遠の日和見主義者であるトランプはすでに、リチャード・スペンサー[訳注3]のような一部のとっぴなリーダーたちとは距離を置き始めている。加えて、「オルト・ライト」の称号は自らのものだと主張し合う雑多な右翼関係者たちは、すでに内輪揉めによって分裂しているのである。


その一方で、キリスト教右派の信奉者たちは最も統制された数千万もの有権者を全国に抱えている。そして、彼らがトランプに勝利をもたらしたとすべき十分な論拠があるのだ。数字を見ればいい。

2016年には、白人の福音主義クリスチャンは選挙民の26%を構成した。2012年、2008年、2004年にそうであったように。

2016年には、全票の4分の1にあたる彼らの票の81%が共和党に投じられた。ドナルド・トランプは、敬虔なモルモン教徒である2012年のミット・ロムニー、戦争の英雄である2008年のジョン・マケインよりもわずかに大きな福音主義者票のシェアを得たのである。トランプはジョージ・W・ブッシュの2004年のシェアさえをもわずかながら凌いでいる。ブッシュが「回心した」(born-again)クリスチャンを自認しているにもかかわらず、である。

出口調査によると、これらの数字と割合は、非白人層のあいだでのクリントンの優位を、福音主義者の票が独力でほとんど完全に打ち消したことを意味する(29%となる非白人有権者の票の74%をクリントンが獲得した)。


〔ジョーンズ〕「彼女〔ヒラリー・クリントン〕は単に中絶合法化支持派(pro-choice)だとみなされたのではなく中絶支持派(pro-abortion)だとみなされたのであり、同性婚支持派、同性愛者の権利の支持派、反家族だとみなされたのです。彼女は、数十年前にキリスト教右派を運動へと駆り立てた、悪魔視されたフェミニズムを体現するものとなったわけです」


『見よや、十字架の旗高し?:アメリカ政治における宗教右派』の共著者で政治学者のキャリン・ロビンソンは、1990年代にキリスト教右派について研究していたときのことをこう振り返る。「私は彼らのグループから、ヒラリー・クリントンが私の聖書を奪い取りに来る、と述べる手紙をたびたび受け取りました。不安を焚き付けて動員して福音主義者たちに投票をさせるための手段として彼女の存在が利用されていたのです。」

 それにしても、「家族的価値」の大好きな彼らが、どうやってあのドナルド・トランプと折り合いをつけているのか? 一つの見方は、白人クリスチャン人口の優位が失われつつあるなかで、価値観の政治がノスタルジアの政治へと転化した、というもの。

〔ジョーンズ〕「トランプのレトリックは、あなたの価値観が、あなたの人口グループが、この国を牛耳っていた時に時計の針を戻す、という感覚を与えるのです。」

〔ジョーンズ〕「彼は価値観に立つ投票者たちをノスタルジアの投票者へと改宗させたのです。」


〔ジョーンズ〕「遊説中の彼を見れば、彼は福音主義者たちに向かってこう語りかけていたわけです、『君たちはかつては数を増やしていたけれど、今は数を減らしつつある。君たちが私を当選させれば、君たちはキリスト教会に再び力を取り戻させてくれる友人をホワイトハウスに持つことになる。私が君たちの最後のチャンスなのだよ、諸君』と。」

 だが、クラークソンによれば、トランプが「宗教的自由」(religious liberty)について強硬な姿勢を約束したこと、すなわち、税法のジョンソン修正条項(Johnson Amendment, 1954年成立)の廃止を掲げたことが重要な意味を持つという。ジョンソン修正条項とは、教会のような特定の非課税団体が、政治候補者に対して支持表明したり反対したりすることを禁じたもの。後に36代大統領となるリンドン・ジョンソンによって提案された。ジョンソン大統領は、肌の色や宗教などによる差別の解消を目的とした1964年の公民権法の制定者ともなった。

〔クラークソン〕「彼らは、公民権や労働法に従うのも、あるいはいかなるかたちであれ中絶の(彼らの見方でいえば)『共犯者になる』のも嫌だし、税金が彼らの支持しないものに行くのを見るのも嫌なのです」

〔・・・〕福音主義の組織とその信奉者たちは、同性愛者のカップルにケーキを焼きたくないとか同性愛者を雇うことを強いられたくないというのと同じくらい、避妊や中絶に資金を出すヘルスケアには参加したくないのである。

マイク・ペンスのトランプの副大統領候補への抜擢は、〔ジェームズ・〕ドブソンのような指導者たちや数百万もの彼の支持者たちにとって大きな安堵であった。ペンスは福音主義のクリスチャンを自認し、そしてロビンソンによれば、「キリスト教右派の指導者たちのあいだで大きな信頼を得ている」。

トランプが、副大統領候補として口説こうとしていたジョン・ケーシックに、これまで大統領のものとされてきた多くの権力を与えることを申し出ていたという一連の報道[訳注4]は、フレデリック・クラークソンをためらわせる。もしペンスが同じ申し出を受けていたのなら、「彼がアメリカ史上最も強力な副大統領になる、ということを意味するのではないか」。


[訳注1]「オルタナ右翼」などと日本語訳(?)まで流布しているが、実のところ、「白人至上主義者」「ネオ・ナチ」といった、もっとふさわしい呼び名が以前からある。「『オルト・ライト』なんて言葉は使うな。そんなものは、権威主義的な白人至上主義者のための、ますます効力を発揮しつつあるブランド付けの手口である。その語を使うたびに、私たちは彼らを手助けしている。」(ウィリアム・ギブスン

[訳注2]陰謀論とヘイト・キャンペーンで悪名高い右翼系ニュース・サイトBreitbartの会長。トランプ次期政権に「首席戦略官」として招かれている。(参考:ハフィントン・ポスト日本語)。

[訳注3]“Alt-right”という語の発案者とされる白人至上主義者。トランプ勝利後の演説で「ハイル・トランプ!」と叫んだことが報じられたが、その実際の映像を見ると、型通りの陳腐な主張にあくびが出るのもさることながら、原稿から顔を上げられずに作文を一生懸命読み上げる、そのカリスマ性のなさに驚くだろう。(参考:The Atlantic

[訳注4] 副大統領候補要請の場で交渉役のトランプ長男から、最も強力な副大統領になる気はないか、内政と外交の指揮権を握ることになるのですよ、と持ちかけられたケーシック側のアドバイザーが、では、お父上は何を担当なさるのか、と尋ねると、「アメリカを再び偉大にすることです(Making America great again.)」と即答された、という舞台裏が報じられた。(参考:Slate

何かに怒っているあなたのためのドナルド・トランプ

 「26%」云々といった数字については、大手紙でも報じられていた内容のためか、記事中に典拠が見当たらないが(【2016/12/29訂正】こちらの思い違い。記事本文にちゃんとリンクが入っていました)、Pew Researchのレポートを参照。

 記事を読みながらポイントの一つと思えたのが「宗教的自由」(religious liberty)という語。「宗教的自由」と言うと、なにか聞こえがよいが、キリスト教右派が求めているのは、進化論の代わりに創造説を教える「自由」とか、同性愛者を排除する「自由」とか、そういう「自由」であるわけだ。そして、彼らは、トランプ/ペンスがこういう「自由」を擁護してくれることを期待しているわけである(ペンスについて言えば、これは「期待」というより「事実」である)。

 よく知られているように、「原理主義」(fundamentalism)という言葉は、20世紀初頭のアメリカのプロテステスタントから生まれたものだ。しかし、1920年代に進化論批判キャンペーンで猛威を振るったとはいえ、キリスト教原理主義が政治への関与を深めて政治運動として組織されるようになったのは1970年代後半からであるという。そして、フェミニズム・同性愛の否定、中絶反対、銃規制反対といった価値観のパッケージで強力に組織されたこの有権者層が選挙で発揮する存在感が、共和党の右傾化要因となってきたとも指摘される(小川忠『原理主義とは何か』講談社現代新書、2003年)。

 「福音主義」(evangelical)などと宗教用語でプロファイルされるが、今日のアメリカ政治について「キリスト教右派」「キリスト教原理主義」が語られる場合、それは、なにか教義や信仰をめぐって定義されるグループというより、ここ数十年間のあいだに政治勢力として組織されてきたこの層について語っているのである。そして、彼らは《彼らが敵視するもの》によってこそ特徴づけられるのだ。

今日のアメリカにおけるファンダメンタリストは、もはや神学的概念ではなく、『道徳的多数派』〔引用者注:1979年から89年まで活動したキリスト教右派のロビー団体〕が代表していたような保守的価値観を共有している政治勢力と理解すべきである。/G・M・マースデンは今日のファンダメンタリストを『何かに怒っている福音派(エバンジェリカル)』と定義したが、これは現実の姿をよく反映したものである。
(森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社、1996年、p.215 )

 以前の記事で「トランプは共和党がこの数十年間やってきたことの論理的帰結だ」というアメリカ史研究の泰斗エリック・フォーナーの選挙前の発言に触れたが、トランプ自身の思想的な一貫性の欠如は、そういう共和党が長年寄生してきたところの、漠然とイメージされた「敵」への「怒り」のかっこうの受け皿となった部分があるのだろう。ただ、政治勢力としてのキリスト教右派はそこでの政治的妥協に自覚的であり、私たちが彼らについて抱くイメージよりもはるかに現実的な打算を働かせてもいる、というわけだ。

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