【ゲームの英語】『Skyrim』:“Arrow in the knee”

 「ゲームの英語」と言っても、“nerf”(※)といったような、ゲーム文化に固有の表現、あるいはそこからネットさらにはリアルへと波及していった表現などではなく、ここでは、英語でゲームをプレイしていて遭遇する、わりと普通の、しかし、ちょっとおもしろい英語表現、というのを想定している。 ゲームの場面を通じて、具体的な使われ方や表現の持つ感触について実感が増し、また同時に、その短いフレーズからゲームそのものについても洞察が深まるかもしれない、そんな英語表現を極私的にピックアップしてみたいのである。

 ゲームは英語の勉強に使えるか? 比較的使える、と私は考える。PCでゲームをする私は日本語訳の有無に関係なく英語で作られているゲームは英語でプレイしているが(学習目的というよりは、単なる趣味・好みからだが)、個人的な経験から言って、少なくとも映画や音楽からよりも多くの単語やフレーズをゲームを通して吸収してきた。もちろん、あらゆるジャンルのゲームに同じことを言えるわけではないが、場面に疑似的に居合わせることができ、ときには返答を求められるゲームならではの語彙の定着しやすさ、というものがある。その点も考えていきたい。

(※)“nerf”(ナーフ)は、「弱体化させる」という意味のオンライン・ゲーム用語。スポンジ状のダーツを発射する銃型の玩具のブランド・Nerf(ナーフ)を語源とし、ゲーム・バランス調整のために武器やスキルの威力が下げられる(≒当たっても害のないものに変える)ことを指す。語の誕生は、MMORPG『Ultima Online』(1997)に遡るという。(参考:Wikipedia英語、2017/04/20アクセス)

かつては冒険者。

 本日のフレーズ:

"I used to be an adventure like you. Then I took an arrow in the knee..."

The Elder Scrolls V: Skyrim(Bethesda Softworks, 2011)

 オープンワールドRPG『The Elder Scrolls V: Skyrim』(ジ・エルダー・スクロールズ・ファイブ・スカイリム)から、英語圏ネット上でいわゆるミームとなった、言わずと知れたフレーズ。街の衛兵(たち)がプレイヤーに向かってランダムに呟くセリフの一つである。

 理解のポイントは、過去の習慣・状態を表わす「used to 動詞原形」であろう。ここでは、be動詞に用いられているので、“an adventure”であった、という過去の「状態」を表わす。「used to は、昔はこうだったが現在はこうだ、という両者の相違を対照的に述べるのに用いられる」(杉山忠一著『英文法詳解』学研、1998年、p.368)。つまり、「used to」と述べている時点で「だけど、今は違うんだよ」という含みがすでにあり、「・・・だったんだけど、そのあとに(then)こんなことがあった(から、現在はそうではない)」という文章となっている。“knee”は「ひざ」。

 なお、このフレーズは、“arrow to the knee”としばしば誤って引用されることでも有名。個人的な感覚としては、“to”では「矢がひざに向かってピューッと飛んできた」という部分に、“in”では「矢がひざにグサリと刺さった」という部分にそれぞれ強調が置かれるような気がするが、全くの素人判断なので、具体的にどういったケースにどちらを使うべきかは、ネイティヴ・スピーカーに相談するほうが安全かもしれない。ともあれ、引用として正確なのは“in”のほうである。

ひざに刺さった矢の「本当の意味」?

 ちなみに、《「ひざに矢を受ける」というのは、本当にひざに矢を受けたわけじゃなくて、実は「結婚する」という意味の実際に存在する北欧(ノルディック)のスラングらしい》といったことを述べているサイトを日本語でも見かけるが、これはよく知られたネット・デマである。論拠も出所も不明。いまとなっては出所の特定は不可能に等しいが、おおかた掲示板や質問サイトに裏付けのない憶測か軽いジョークか意図的な嘘として書き込まれたものが、「・・・なんだって」「・・・らしい」「・・・と書かれているのを読んだ」と情報元が確認されぬまま無責任に拡散されていったものなのだろう。いったん広められたデマを根絶することの難しさを含めて、ネット・デマの典型的な事例、といった印象を受ける。

 このセリフが生まれた実際の経緯については、Bethesda Game Studiosを率いるトッド・ハワード(Todd Howard)その人が、取材に対してかつて次のように述べている(Kotaku)。

プロジェクトの終わりの頃だった。僕らは、衛兵たちにもっと個性(personality)を持たせたいと思ったんだ。彼らはいつも不満ばかり言って、あれしろこれしろと命令してくるばかりだからね。そこでエミール〔・パグリアルーロ Emil Pagliarulo デザイナー/ライター〕に、プレイヤーのあなたを反映するようなセリフをたくさん書いてもらったのさ。それで、衛兵たちはあなたについて、あなたがしたことについて多く口にするようになったんだ。「いい鎧だな」「こんなことをやっているらしいな」みたいなね。そして、そこに「どうして俺は衛兵なんかやってる? こいつらは冒険しているぞ。俺はといえば、こんなところでグズグズしている」といった一連のセリフが出てきた。あれは、そのなかの一つだったわけだ。

(※ラフに喋っているためか、ゲーム上の実際のセリフと照らして意味が通らない箇所があったため、大幅に意訳した)

 すなわち、“I used to be...”のセリフは、ちょうど一文目が“like you.”で結ばれているように、プレイヤーの活躍に対する反応を意図して書かれたセリフ、なのである。唐突に自分のノロケ話をしていると(根拠もなく)解釈するのが不自然であることは、この点からも明らかだろう。冒険者であるプレイヤー・キャラクターの存在を前にして、「あの矢を受けたのをきっかけに、冒険するのをやめっちゃったんだよな」と自己を振り返る衛兵がいる———という、実のところ、プレイヤー・キャラクターの持ち得る存在感をそれとなくプレイヤーに伝えるセリフなのだ。

 プログラムされたNPCに人間味を見出すのは、結局のところ、ゲーム世界のなかで唯一実際の人間であるプレイヤーの役割となる。Bethesda Game Studiosのオープンワールドは、この事実に対して自覚的だし正直だ。あなたは特別なのである。用意された世界に働きかけ命と意味を吹き込んでいくのは、究極的にはあなた自身なのである。

 私的訳文:

「俺もかつてはお前のような冒険者だった。だが、ひざに矢を受けてしまってな・・・」
学習のお供に

 ”I used to be a/an ______ like you. Then I took ______ in the knee.”という、部分的な入れ替え・切り貼りの容易さもあって、このフレーズにまつわる各種リミックスは無尽蔵のごとくある。ダブステップに乗せて、あるいはMartin SolveigとDragonetteの“Hello”に乗せて、フレーズを繰り返し聴けばナンセンスな言葉遊びとともに耳にこべりつくこと間違いない。後者は、ゲーム完成後に「一週間でゲームに追加したいものを作ってね」と開かれ、そこでのアイディアの少なからずが後のアップデートやDLCに採用されたBethesda社内のゲーム・ジャムに関する動画で 、Bethesda社員によるいわば半公式のリミックスだ。


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