【海外記事紹介】「ポスト真実という誤謬」(Jacobin)

「僕は、この狂った世界のなかでようやく偽りのないものを見つけたと思っていた。だけど、いまになって、すべては嘘だった、と理解したわけだ」僕が厳かに認めた。
「すべてではないよ」と、ユニコーンが僕を安心させる。「嘘なのは、君の保守派の友人がソーシャル・メディアに投稿するイカれた陰謀論だけさ」
- Chuck Tingle, Fake News, Real Boners

 紹介するのは、アメリカの左翼雑誌Jacobinの記事「ポスト真実という誤謬」(Rune Møller Stahl & Bue Rübner Hansen, "The Fallacy of Post-Truth", Jacobin, 2016/12/14)
 アメリカ大統領選でのドナルド・トランプ共和党候補の勝利後、この結果にショックを受けたリベラル派のあいだで、「SNSの影響」「フェイク・ニュースの蔓延」といった話題とともに、「もはや政治において事実が無視される『ポスト真実』(post-truth)すなわち『真実以後』の時代に突入したのだ」といった診断が流行していることに対して、「事実の時代なんてものが一体いつあったというのか?」と異論を唱えている。その上で記事は、「事実に依拠したマネジメント的な政治」という発想こそが現実離れした空想であり、トランプ的なものと対決するためには、オルタナティヴを提示する本来の意味での「政治」の復活こそが問われている、と説く。

「事実の時代」という「存在したことがない過去」

 記事「ポスト真実という誤謬」を抜粋し、訳注を付す。

 リベラル派のライターたちは、この年、イギリスとアメリカで起きたことを説明するために、彼ら自身の異なる種類の「ポスト真実」を行使している。ソーシャル・メディアのエコー・チェンバー[訳注1]、フェイク・ニュースの蔓延、露骨な政治的嘘に対する公衆の無関心、ミレニアル世代の問題、などなど。だが、彼らはみな、有権者や政治家がますます事実を否定するようになり、真実を歪曲し、専門知識よりも感情を好むようになっている、との意見に同意する。

 彼らは、私たちがどのようにして「ポスト真実」の時代に突入したのか、あるいは、その前にあったはずの事実の時代がいつ終わったのかを知らないようだ。〔事実の時代とは、〕騙されて戦争へと向かう前に大量破壊兵器について世界中が議論していた2000年代のことだろうか? ルインスキー・スキャンダルが新聞紙面を占領し、アメリカがスーパー・プレデターとクラック・ベイビー[訳注2]を恐れていた1990年代のことだろうか? ひょっとすると、中米紛争、イラン・コントラ事件、エイズ危機の否認とともにあったレーガンの1980年代のことかもしれない。「私はいかさま師(crook)ではありません」と約束したニクソンの1970年代、ジョージ・ウォレスの「法と秩序」[訳注3]の1960年代、はたまたマッカーシーの赤狩りの1950年代にまで遡るのだろうか。


 1990年代がリベラル派のノスタルジアの中心にあるようだ。このノスタルジアは、すべてのノスタルジアがそうであるように、存在したことがない過去に関心を向けている。ベルリンの壁の崩壊とラディカル派政治の消滅の後、サッチャーのスローガン「オルタナティヴなど存在しない」が事実となった。フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」という考えは今日となっては馬鹿げたものに思えるが、しばらくのあいだ、彼やサッチャーは世界のあるがままの姿を語っていたのである。すなわち、西欧のエリートたちを分断する政治的な問いはもはや残されておらず、政治家が行うべきことは事実の吟味と最良の政策の実行に尽きる、という世界だ。


 この事実のユートピアに最初の亀裂が入ったのは2000年代初頭だ。9/11テロがアメリカを、リベラル派も保守派も一様に、杜撰に計画された二つの戦争で絶頂に達する愛国主義の集団ヒステリーの中へと投げ込んだあとには、FOXニュースに率いられた周縁的な右派、陰謀論者、テレビ宣教師たちはもはや非主流的な存在ではなくなっていた。


 あいにくながら、事実は、私たちが突然「ポスト事実的な」地平に突入したという診断を支持しないのである。反動的パニック、集団ヒステリー、政治的操作は長年私たちとともにあり続けたのであり、私たちは、ロシアに支援されたフェイク・ニュースが大流行しているとか[訳注4]、ソーシャル・メディアがヒラリーの選挙での敗北をもたらしたといった主張について懐疑的でいるべきなのだ。

 対立相手たちが礼儀正しく、事実を尊重していた時代なるものをノスタルジックに語るにいたっては、リベラル中道派は現実との接点を失ってしまっている。あまりにも皮肉なことに、ロナルド・レーガンやジョージ・W・ブッシュのような反動主義者の頭目をロマン化し始める者さえいるのだ。

 トランプの勝利は、有権者たちが真実を憎んでいることなど証明しない。十分なだけの数の有権者が、事実についてリベラル派っぽく説教する現状維持のテクノクラートよりも、変化を約束する病的な嘘つきを好んだということを示すだけだ。単純な理由は、政治階級の主流が、民衆を気遣ってこなかったことで、民衆の信頼を失ったということである。リベラルな真実へと回帰することでは、いまこの国を運営しようとしている退行的なデマゴーグと闘うことはできない。トランプの権威主義とリベラルの企業経営的行政(managerialism)の両方に挑戦する民主主義の再生によってのみ闘うことができるのである。

[訳注1]「エコー・チェンバー」(echo chamber)とは、人は自分の認知に合致する情報をますます受容する、という確証バイアスの観点から、インターネットの閉鎖性を、音響実験用の残響室になぞらえた用語。跳ね返ってきた自分の声を聞く「こだま効果」のこと。法学者キャス・サンスティーンらによって広められた議論だが、近年では、裏付けに乏しく誇張されたものと指摘され、むしろ「近所の人たち、クラブの仲間、友人、職場の同僚、家族」といった集団のほうが異質な意見をかき消すエコー・チェンバー効果が強い、との研究結果も出されているという(スティーブン・ジョンソン『PEER ネットワークの縁から未来をデザインする方法』田沢恭子訳、インターシフト、2014年、pp.123-124)。

[訳注2]「スーパー・プレデター」(super-predator)、「クラック・ベイビー」(crack baby)ともに、1990年代アメリカでパニックを引き起こした犯罪神話。前者は、1995年に犯罪学者ジョン・ディイーリオ(John DiIulio)によって提起された用語で、衝動的で凶悪な略奪者である若者たちの到来によって少年犯罪が激増する、と予言するものであったが、その後実際に起こったのは犯罪率の低下であった。後者は、妊娠中の母親のコカイン使用によって心身に障害を受けた赤ん坊が次々と生まれつつあり、彼らが社会保障上の負担となる、という議論(その後の研究で、そのような生涯にわたる影響は認められていない)。なお、「スーパー・プレデター」については、ヒラリー・クリントンが20年前にこの語に言及していたことが2016年の大統領選において攻撃材料として持ち上がり、彼女自身が「使うべきではなかった」と誤りを認めた。(参考:Mother Jones

[訳注3]ジョージ・ウォレス(George C. Wallace)は、1968年大統領選にアメリカ独立党から立候補した政治家。差別禁止を定めた公民権法(1964年)への反対を掲げ、「法と秩序」とのスローガンで人種隔離を擁護した。

[訳注4]大統領選後の11月に、大手紙ワシントン・ポストが、200ものサイトを「ロシアに支援されたプロパガンダ・サイト」と名指しするそれ自体いかがわしいブラックリスト・サイトの主張を検証を欠くままスクープとして報じて、リベラル派・左派のあいだでも厳しく批判された。(参考:Intercept

クレイジー派の勃興と「ピザゲート」騒動

 Jacobinの記事を少し離れて、文脈を論じてみよう。

アメリカ人がふと気がついたときには、その政治システムはどんどん右か左かではなく、クレイジーか非クレイジーかに分かれていた。しかもクレイジー派のほうが優勢に見えた。

 こう語り、保守政治の「『ポスト真実』の政治戦略」への加速度的な適応を論じたのは、ジョセフ・ヒース『啓蒙思想 2.0』(栗原百代訳、NTT出版、2014年)。左派の側の責任から具体的な対抗策まで、「理性」という概念の根本的な再検討を視野に収めながら軽妙に論じている。「トランプ現象」なるものについて考えたいなら、出版社の小銭稼ぎのための濫造トランプ本などを読むより、この本をじっくり読むべきである。というより、この本を読んでいた人なら、トランプ的なものの台頭は十分に予期していたであろう。

 ヒース(本人はカナダ人)は、アメリカでこうしたクレイジーな「色もの」が表舞台に現れるようになってきたのは2000年代中頃から、と見ている。この印象は、トランプ勝利の後から振り返ってみても一定の説得力があるというか、まさにそのイカれた連中がトランプのもとにいま結集しているという感があって、その顕著な例が、最近では「ピザゲート」(#Pizzagate)を流布したウェブサイトInfowarsのアレックス・ジョーンズ(Alex Jones)だろう。

 「ピザゲート」とは、民主党員のたむろすピザ屋が密かに小児性愛者のための性的人身売買のハブとなっており、地下室には子どもたちが閉じ込められていて、その運営にはヒラリー・クリントンの側近が関与している・・・という、要約するだけで頭が痛くなる陰謀論(ちなみに、問題のピザ屋にはそもそも地下室がないとのこと。正しいのは、「民主党員がたむろすスポット」という部分だけであるようだ)。しかし、これが銃撃事件にまで発展した。
 AFPBBの日本語記事

エドガー・マディソン・ウェルチ(Edgar Maddison Welch)容疑者(28)は4日午後、家族連れでにぎわっていたピザ店「コメット・ピンポン(Comet Ping Pong)」の店内に入ると、持ち込んだアサルトライフル「AR15」を複数回発砲。幸い負傷者はいなかった。

 警察は直ちにウェルチ容疑者を逮捕し、さらに別の武器2つも発見した。同容疑者は警察に対し、ネット上で出回っている疑惑を自ら究明するつもりだったと供述したという。この疑惑とは、同店が子どもの拉致事件の拠点になっており、米大統領選の民主党候補だったヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)前国務長官とその上級顧問も関与しているとするもので、「ピザゲート(Pizza-gate)」の通称で呼ばれている。


 陰謀論や、「オルト・ライト」(オルタナ右翼)と呼ばれる超保守運動の関係者らの間で人気のインフォウォーズは、反論には耳を貸さず、証拠を一切示さないまま、同店が児童拉致組織に関与しているとの情報を流し続けた。

 4日の発砲事件発生後には、ドナルド・トランプ(Donald Trump)次期米大統領が国家安全保障問題担当大統領補佐官への起用を発表したマイケル・フリン(Michael Flynn)元陸軍中将の息子であるマイケル・G・フリン(Michael G. Flynn)さんが自身のツイッターに、この偽ニュースに信ぴょう性を与えるかのようなコメントを投稿した。

 さらに、父親のフリン元陸軍中将の発言にも疑問の目が向けられている。フリン氏本人は同店に関して公のコメントはしていないが、先月8日の大統領選に先立ち、クリントン氏と児童買春組織とを関連付ける以下のツイートを投稿していた。

「自分で判断してほしい──ニューヨーク市警(NYPD)が新たなヒラリーメールについて告発:マネーロンダリング(資金洗浄)、児童性犯罪など…必読!」

 なお、付け加えると、Infowarsは、この銃撃犯の行動との関連が明るみに出てから過去の投稿をこっそりと削除したらしい(Media Matters for America)。

標準的な、しかしまた異常な

 話を戻すと、Jacobin記事の著者たちも、ヒース同様、2000年代に一つの転機があったことを認めているが、長期的な視野で眺めたとき、「急速におかしくなってきた」という理解は、むしろ「もはや理念の対決は終わって政治は事実と実行の問題に尽きる」という冷戦終焉後のつかの間の夢想に属していて、まさにその同じ夢想、「事実に依拠した政治ですべてを解決できる」という非現実的な想定が、政治への幻滅をもたらしているのではないか、と指摘しているわけだ。

 私はJacobin記事の論旨に賛成だが、ただ一点、そうであるとはいえ、InfowarsやBreitbartのようなネット上のイカれた陰謀論サイトとホワイトハウスが直接にリンクしてしまった事態の重大さを軽く見るべきではないだろう、とも思う(トランプはアレックス・ジョーンズを「君の評判は実に素晴らしい」と称え、Breitbartの会長スティーヴ・バノンを首席戦略官として招いた)。その点、「ピザゲート」騒動は象徴的だ。

 The Daily Beastの記事「ピザゲートは、我々の時代の‘サタニック・パニック’だ―ただし、今回はそれを大統領関係者が信じている」(Jay Michaelson, "#Pizzagate Is the ‘Satanic Panic’ of Our Age—but This Time, the President’s Men Believe It, The Daily Beast", 2016/12/06)によると、「ピザゲート」の出所はフェイク・ニュース・サイトではなく、掲示板Redditの悪名高い(しかし、トランプ本人も降臨した)ドナルド・トランプ板‘r/The_Donald’への書き込みであるという【訂正2016/12/25】Voxの記事によると、もともとの出所は4chanで、それがRedditトランプ板で広められた、とのこと。4chanは2ちゃんねるを模して作られた英語掲示板)。タイトルの通りThe Daily Beastの記事は、「ピザゲート」は1980年代の「悪魔崇拝者」探しパニックの現代版だが、ただし、今回は次期大統領の周辺人物たちまでがそのパニックに参加しているという意味で重大な事態だ、と論じている。

これは、トランプの助言者ロイ・コーンの時代にまで遡る、標準的な「アメリカ政治における偏執狂的様式」である。〔・・・〕ただし、一つ新しいことがある。誰もが最近気がついたように、ホワイトハウスは、バノンやフリン(そして、彼よりもさらにイカれている彼の息子)らがその采配を振るうところから一歩かそこらの位置にいまや置かれているのだ。我が国の歴史上、執政権がこうした類のポピュリスト的=偏執狂的陰謀論者の手に渡ることはこれまでなかった。彼らは通常であれば、Redditの奥底と、そして当然ながら、Breitbartに住まう人々なのである。

【訂正】(2017/01/02更新)

 ドナルド・トランプがアレックス・ジョーンズを称えた言葉を「素晴らしい人物」としておりましたが、「君の評判は実に素晴らしい」に訂正いたします。
 2015年12月にトランプがジョーンズにインタビューを受けた際に"your reputation is amazing. "とジョーンズを称えていたことと(Vanity Fair)、その後の集会で聴衆から「アレックス・ジョーンズのショーにまた出る?」と訊かれたトランプが“He was a nice guy!”“Alex Jones. Nice guy.”(「彼はいい奴だった」「アレックス・ジョーンズ。いい奴だ」)と応えた、というジョン・ロンソンのKindle本に記されているエピソード(Jon Ronson, The Elephant in the Room: A Journey into the Trump Campaign and the "Alt-Right", 2016)とが記憶の中でゴッチャになっておりました。
 「フェイク・ニュース」について論じた記事にて、お恥ずかしい。記憶で書かずに必ず典拠を、という今後の教訓にさせて頂きます。

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