情報を抑圧したがるウィキリークス
ドキュメンタリー映画『Risk』(2017年)は、エドワード・スノーデンの内部告発過程を描いたドキュメンタリー映画『シチズンフォー』(2014年)の監督ローラ・ポイトラスによる新作で、ウィキリークス(WikiLeaks)創始者のジュリアン・アサンジを6年間にわたり取材したものである。2016年にカンヌ映画祭で初上映され、アメリカでは5月12日からインターネット配信されている。
Risk [2017] | Official Trailer | A Film by Laura Poitras | Neon
ポイトラスら同作のプロデューサーたちは6月16日に共同署名でNewsweekに発表した声明で、映画の配給会社がアサンジとウィキリークスから映画の公開中止を要求する停止通告書(cease and desist letter)を受け取っていたことを公表した(Brenda Coughlin, Yoni Golijov and Laura Poitras, "Wikileaks Documentary Makers Accuse Assange of Censorship", Newsweek, 2017/06/16)。要点を以下に抜粋する。
『Risk』の配給を妨げようとする努力のなかで、ウィキリークスは、まさに彼らに対して用いられてきたのと全く同じ戦略——訴訟の脅し、安全性をめぐる偽りの訴え、陰険な個人攻撃、誤った誘導——と、同じ企図——情報を抑圧し言論を封殺する——とを振りかざしています。
〔内部向け試写に対する〕ウィキリークス側からのコメントは一貫してイメージ管理(image management)をめぐるものでした。アサンジが彼にかけられている強姦容疑について論じているシーンを削除せよ、という要求、エクアドルはカトリック国なのでイメージを悪くするから大使館内で酒類のボトルが映り込んでいる箇所は削除せよ、との要望、2016年のアメリカ大統領選討論でのウィキリークスへの言及を作品に含めよ、との要望、アマル・クルーニー代理人はウィキリークスの印象をよくするので彼女の登場シーンを増やせ、との要望、といったものがそこに含まれます。
ウィキリークスが『Risk』に対する反対を持ち出したのは、彼らが押し付けようとする変更を私たちが断ってからのことです。映画の内容を検閲しようとする彼らの試みは、アサンジ自身の発言を報じることを妨げようとするものであります。その試みはまた、ウィキリークス自身の理念との悲しむべき断絶を意味しています。
停止通告書の中で、ウィキリークスとアサンジの弁護士たちは、「許可なき映画の公開は、私たちの依頼人に取り返しのつかない危害をもたらし、映画を観る者が一人増えるたびに激増する損害をもたらすものである」と述べています。
『Risk』の協力者たちは、何年間も映画に登場することに同意していました。私たちは、映画の公開にあたってウィキリークスないしアサンジの許可を得る義務などありません。実際、私たちが独立のジャーナリズムに従事しているというまさにその理由から、私たちの権利はアメリカ憲法修正第一条によって守られるものです。アサンジ自身が、公的人物に対して報道前に許可を取ろうとするメディアを批判していました。
情報戦的オペレーションとしてのウィキリークス
ポイトラスは、毀誉褒貶の激しいウィキリークスについて、それをジャーナリズム機関と考える、との見解を繰り返し公言しており(Vox)、この声明でも、《政府当局によるウィキリークスに対する攻撃はジャーナリズム全体に対する攻撃であり、ウィキリークスの報道の自由を全面的に擁護する》という基本姿勢が明言されている。ただ、それだけに、ウィキリークス/アサンジの欺瞞に向ける言葉は鋭い。
ポイトラスはすでに5月のインタビューで、アサンジが映画に不満を示し、彼女と話さなくなったことを明かしており(Variety)、また、同じ5月には、ウィキリークス側の弁護士がポイトラスを攻撃する声明がNewsweekに発表されていた。今回のポイトラスらの声明は、これに対する反論ともなっている。
ウィキリークス側弁護士らの公開声明では、ポイトラスが映画の編集をニューヨークで行い、素材がアメリカ当局に押収される危険を冒した、アメリカ公開版はアサンジたちに対して試写が行われたものと異なる編集であり、アサンジたちが事前に意見・要望を述べる機会を奪った、映画の内容がウィキリークスに対する共感的な描写から「性差別的な文化」なるものの告発へと大きく変えられた、性差別に焦点が向けられた裏には、彼女の元交際相手のジャーナリストとの関係が影響している、などと契約違反の訴えと、映画そのものに対する批判やポイトラスに対する個人攻撃とがあまり区別なく並べられている。編集をめぐる批判に対して、ポイトラスらは、アサンジは自分たちがアメリカで編集を行っていることを2015年段階から知っており、2016年にはウィキリークスからの映像提供に自らサインし、映像を収めたハード・ドライブのニューヨークへの発送にも異議を唱えなかった、と指摘し、また、上で見たように、同意を得て行っていた取材の公開にあたって取材対象から許可を得る義務などない、と反論している。
ポイトラスは映画をめぐる対立にもかかわらず擁護的だが、2016年のアメリカ大統領選中に、民主党ヒラリー・クリントン陣営を標的にしたハッキングによって盗まれた大量のメールを多数の民間人の個人情報を含むまま公開して以来、あるいは同年にトルコの女性有権者の膨大な個人情報をシェアして以来、ウィキリークスに対する評価は相当に低落している。この個人情報をめぐる扱いは、従来ウィキリークスを支持してきたエドワード・スノーデンやグレン・グリーンウォルド(ポイトラスとともにスノーデン取材にあたったジャーナリスト)からも批判を呼び、グリーンウォルドとポイトラスが創設したニュース・サイト、The Intercept(インターセプト)にも、ウィキリークスのこの動向を危ぶむ記事が載せられていた。ウィキリークスは当初から、事実を報じるよりも攻撃を行うことを狙いとしたオペレーションとしてあり、ヒラリー・クリントンに対するウィキリークスの戦争と、そこで見せた、公開内容に対する吟味の欠如や建設的批判すら拒む姿勢とは、その名とは裏腹にクラウドソース型のファクト・チェックを受け付けないサイトの今後に懸念を残す、と論じるものだ。
2010年にラッフィ・カーチャドリアンが「ニューヨーカー」の人物紹介で解説した通り、「アサンジは、彼の科学的ジャーナリズムの主張にもかかわらず、彼の目的が、出来事についての公正な記録を提供することではなく、不正義を暴露することにあることを私に向かって強調した。」アサンジにとって、とカーチャドリアンは記した、「リークは、情報戦のための道具なのであった。」
言い換えれば、アサンジのプロジェクトは、最初から、公平無私の報道であるよりも敵対的調査のようなもの(more like opposition research than dispassionate reporting)としてあったのである。彼のゴールは、腐敗しているまたは危険である、と彼が見なすところの、権力を持つ個人や機関に仕える人々の弱みを探り当てて、暴露することによって失墜させることにある。彼が2010年に「シュピーゲル」の取材に忘れがたく語ったように、「俺はクソッタレを潰すのを楽しむんだよ」("I enjoy crushing bastards.")というわけである。
実際には、ウィキリークスが、全く公的関心の対象でない、民間人を危険に晒すだけの個人情報を公開した事例は、以前から多く存在していたことも明らかとされている(AP News)。ウィキリークスはマルウェアを大量にホストしていることでも知られるので(ZDNet)、どこからが悪意によるもので、どこまでが公開内容に対する無責任さの所産なのか、よく分からないが、「自らの基本理念を裏切った」「従来の方針を捨てた」というより、「もともとそういうオペレーションだった」と言えるわけだ(The Daily Banter)。
そのため、「失望」が語られたのも今や遠い過去で、かつてであればウィキリークスを好意的に扱っていたサイトで、「ウィキリークスよりアメリカ政府へ:『秘密をリークするのはやめろ!』」(2017/01/07)、「アサンジ、マニングが恩赦されれば投降するとの誓約についてとぼける」(2017/01/19)と、ウィキリークスを冷ややかに扱うヘッドラインを見かけることも珍しくなくなっている。前者は、アメリカのバラク・オバマ前大統領が在任中に、大統領選へのロシア介入疑惑についてインタビューで語ったことに対して、ウィキリークスがドナルド・トランプ次期大統領と一緒になって「機密の漏洩だ!」とツイッター上で反発していることを報じた記事で、後者は、ウィキリークスに機密をリークして服役していた元米軍兵士チェルシー・マニングの恩赦をオバマ前大統領が任期の終わりに発表したことに関して、「マニングの恩赦を認めれば、アメリカ当局への自身の身柄引き渡しに応じる」と宣言したばかりであったアサンジの反応を報じた記事(オバマ自身は、決定はアサンジの声明とは無関係、と述べている)。いずれも報じているのはArs Technicaで、エドワード・スノーデンが若い頃に読者としてコメントを書き込んでいたことでも知られるテクノロジー系サイトである(Wired日本版)。
Redditで撃沈されたアサンジ
こうしたウィキリークス/アサンジに対する不審の目は、何も専門ジャーナリストなどからに限られたものではなく、アサンジが今年1月に掲示板Redditで“Ask Me Anything”(「なんでも訊いて」)を実施した際にも、痛烈な質問が次々と浴びせられていた。
人々は、あなたとエドワード・スノーデンをひとくくりに語りがちです。二人ともアメリカの機密文書を公開したから、という理由で。しかし、あなたたちの動機や哲学は全く相異なるものです。
スノーデンはプライバシーのために闘っている、と言います。プライバシーこそが自由の基礎であり、プライバシーなくして自由はあり得ないのだ、と彼は述べました。
あなたは、プライバシーについて、時代遅れで維持不可能なものだ、と言いました。プライバシーに固有の価値などない、とも。あなたは、プライバシーと自由は両立不可能で、誰かが自分から秘密を保持できる限り自由ではない、と信じているようです。あなたは、何ら公共的な関心の対象でない個人のクレジット・カード番号、社会保障番号、医療情報、性的指向を公表しました。最近のあなたの公表物のうち二つは、民間人の個人Gmailの受信箱で、それはスノーデンがまさしく守ろうとしていたものです。
あなたが正しくて、スノーデンが間違っている、と私を説得することができるでしょうか?
これにはアサンジの長い回答が寄せられているが、ピンボケな答えで、「訊かれたことと何の関係もない」「えーと・・・説得できない、ってことでよろしかったでしょうか?」と呆れられている。
2016年10月3日にウィキリークスのツイッター・アカウントは、TruePunditという名のウェブサイトの記事の画像をツイートしました。ツイートとその画像は次のように述べています。
>「ヒラリー・クリントン、アサンジについて:『こいつをドローンでやっちゃえない?』」〔・・・〕
このウェブサイトは「フェイク・ニュース」の典型で、しかし、あなたのツイッター・アカウントはこの記事をまるで本当の内容であるかのようにシェアしました。そのツイートは今日までに46000を超えるリツイートと40500を超える「いいね」を受けています。〔・・・〕
(1)あなたは、政府最高レベルの情報源が私的な会話をTruePunditに漏らすと信じますか? ウィキリークスがこうした偽情報をツイートする時、人々はそれを、語られている内容を本物だとする承認の印とみなします。(2)あなたのツイッター・アカウントの中の人は誰ですか?(3)なぜこんなものをツイートしているのでしょうか?(4)無責任じゃないでしょうか?結論から言うと、ヒラリーがあなたをドローンで殺したがったなどという証拠を私たちは一切持っておらず、しかし他方で、2010年のFox & Friendsのインタビューで次期大統領ドナルド・トランプは次のように述べていました。
>インタビュアー:あなたはウィキリークスには何の関心もない・・・
>トランプ:ないね、だが、けしからんものだと思うね。死刑か何かになってしかるべきじゃないかと思う。(5)あなたは、あなたが(少なくとも部分的に)当選を助けた男があなたの身柄をアメリカへ送還させてあなたを処刑することを心配しているでしょうか?
ダブル・スタンダードは措くとして、悪意のある偽情報の拡散、という点は、「ウィキリークスがやっていることはジャーナリズム」というポイトラスの見解と関わる問題が提起されている、と言えるだろう。これには回答がなされなかった。
【追記】(2017/12/25)
映画は『リスク: ウィキリークスの真実』の邦題で、Netflixで公開されている。
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