アメリカ政治を変えた男
5月にネットフリックスで公開されたドキュメンタリー映画『困った時のロジャー・ストーン』(Get Me Roger Stone, 2017)は、ネットフリックスに登録しているなら必見の作品だ。
ロジャー・ストーンとは何者か? 映画を参考に一言でまとめるなら、「アメリカ政治を変えた男」あるいは「トランプ大統領誕生を導いた男」となるだろう。デマ攻撃を厭わないネガティヴ・キャンペーン、議員たちが特定利益団体のために動く腐敗まみれのロビイスト政治・・・私たちの頭にすぐに浮かぶアメリカ政治のあり方を方向づけたのが、1970年代に若き共和党員として暗躍を始めた彼とその仲間たちであった、というのである。ただし、映画が明かすように、そのダーティーなイメージ自体が、「無名であるより悪名高くあれ」との信条を掲げるストーンが自ら売り込んでいるものでもあって、その卑劣な手法と不穏な影響力を語ること自体が彼の思う壺にはまることになってしまう、そんな厄介な人物である。
そして彼はドナルド・トランプと長年交友があり、実際にトランプ選挙キャンペーンのコンサルタントとして一時期雇われてもいた。「解雇された」のか「自分から辞めた」のか、そんな基本的な事実説明すら当事者のあいだであいまいで食い違うところが、いかにもトランプ=ストーンのキャンペーンらしいのだが、選挙戦の最中に公式の契約関係が切られた後も、ストーンは熱烈なトランプ支持者として立ち回り、その勝利を支えたのである。
トランプ大統領の誕生を描いた男『困った時のロジャー・ストーン』|Netflix Japan
このストーンのトランプ選挙戦活動に密着取材したのが本作である。本人に加えて彼を直接に知る人々のほか、ベストセラー『ダーク・マネー』(東洋経済新報社より邦訳)の著者ジェイン・メイヤーなどにも取材しており、アメリカ政治における政治とカネの現代史の概観としても面白い。また、現在トランプ‐ロシア疑惑の渦中の人物の一人となっているポール・マナフォート(Paul Manafort)も、ストーンの元ビジネスパートナーとして本作でインタビューを受けている一人である。
マナフォートはトランプ陣営のキャンペーン本部長を務めていたが、直前までウクライナの親ロシア派元大統領ヴィクトル・ヤヌコーヴィチのアドバイザーとして活動していた経歴を持ち、疑惑の浮上を受けて選挙戦中の2016年8月に辞任した。トランプ政権発足後になって、選挙戦中にマナフォートがロシア当局者と定期的な連絡を取り合っていたために複数のアメリカ情報機関の情報収集網に捕捉されていたことが報じられている(CNN日本語版の2016/08/20記事および2017/02/15記事を参照)。
明示的に語られるわけではないが、映画が見せようとしているものは、明快だ。すなわち、今あるアメリカ政治を形作ってきた張本人が、「エスタブリッシュメント(既得権益層)と闘う」と豪語するトランプ・キャンペーンを支える、という奇妙な構図である。
映画の終盤では、この歪な構図を際立たせる存在として、「オルト・ライト」「オルタナ右翼」(Alt-Right)と呼ばれるネットに軸足を置いた極右グループとの関わり、とりわけ陰謀論番組「インフォウォーズ」(Infowars)ホストのアレックス・ジョーンズ(Alex Jones)とストーンとの親密な交友に焦点があてられている。
アレックス・ジョーンズとは、次のような人物である。
Alex Jones Is Definitely a Human and Not a Reptilian | Super Deluxe Super Cuts
「アレックス・ジョーンズは間違いなく人間であり、爬虫類人ではありません」(※)
ところで、全く逆の方向から、すなわちアレックス・ジョーンズの存在を通じて、トランプ・キャンペーンにおけるロジャー・ストーンの暗躍に注目することになった人物がいる。
陰謀屋と陰謀論者
「君とトランプはどれくらいの頻度でコミュニケーションを取っているんだい?」僕が彼に尋ねた。
またしてもアレックスは躊躇した。彼の意識の流れを以てして百万単位の人間を陶酔させるアレックスが、意識の流れ的な口調ではトランプについて語ろうとしなかったのである。
「我々は電話で話をする」彼は用心深く述べた。
「すると、電話で何度か話したことがあるということかな?」僕が尋ねた。
「メディアは、俺がいかにYouTube動画を通じて彼とコミュニケーションを取っているかに注目したんだよ」彼が言った。
僕は驚きで目を見張った。「本当なの?」
「俺が動画を公開するだろ」とアレックス。「トランプへのメッセージだ。すると、2日後には彼がその話題を詳しく取り上げるんだ。バット・シグナルを送るみたいなんだ」
これは本当だろうか。ありそうもない話に思えた。だが、帰宅後に僕は、実際にアレックスがショーで述べたのと同じことをすぐ後でトランプが述べている何回かの事例をジャーナリストが指摘していることを知った。独特の言い回しまでそっくりそのままに、である。
2016年の大統領選のさなかに刊行されたジョン・ロンソンの電子本『部屋の中にいる象:トランプ・キャンペーンと「オルト・ライト」をめぐる旅』(Jon Ronson, The Elephant in the Room: A Journey into the Trump Campaign and the "Alt-Right", 2016)の一節だ。ロンソンは、話題作『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(夏目大訳、光文社新書、2017年〔原著2015年〕)が少し前に邦訳もされた作家で、最近の変わった仕事としては韓国のポン・ジュノ監督の新作映画『Okja/オクジャ』(2017年6月29日よりネットフリックスで公開予定)の共同脚本を務めたりもしている。タイトルの“elephant in the room”(部屋の中にいる象)とは、「見て見ぬふりをされる問題」という意味の慣用句である。
物語は、選挙遊説中のトランプが「またアレックス・ジョーンズのショーに出る?」という聴衆の質問に「アレックス・ジョーンズ? あいつはいい奴だ!」と答えた一幕を目にしてロンソンが衝撃を受けるところから始まる。というのも、1990年代終わりに当時まだテキサスのローカルなラジオ・ホストであったアレックス・ジョーンズを面白がって共同取材に引っ張り出して、彼を全国区の存在に押し上げるきっかけを作ったのが、ロンソンであったのである。
アレックスは僕が今まで会った中で最も無責任な男である。彼は彼の影響力をパラノイアを焚きつけるために用いる。彼は、彼の奇妙なアジェンダの都合に合わせてデッチ上げを平然と行う。彼は事実や理性を受け付けないし、彼は断じて政治的影響力を持つべきではない。
アレックスの声に率いられた世界——ネットの陰謀論者とナショナリスト、そして人種主義者を含む大雑把な集まり——は、突如として名前を持つようになった。「オルト・ライト運動」である。2016年が進むにつれ、トランプは彼らを喜ばせ、さもなければ彼らからインスピレーションを引き出していた。
ロンソンは、かつての交友を頼りにジョーンズの取材へと向かい、ジョーンズとの再会を果たす。そして、そこでジョーンズと彼のクルーたちから「ロジャー」と慕われている初老の人物が、アレックス・ジョーンズとドナルド・トランプとを引き合わせた張本人、ロジャー・ストーンであることを知るのである。
この同盟、アレックスと、リチャード・ニクソンやロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュのために働いたことのあるベテラン政治工作員とのあいだの同盟は、あなたが思うかもしれないほどにショッキングなものではなかった。ストーンの信条も、僕があとで発見したように、アレックスに劣らずクレイジーなものだったのである。彼は2011年に、オバマ大統領の出生証明書には「いくつも疑わしいところ」がある、とトランプに助言した。彼はひっきりなしに悪意のある陰謀論を操っている。彼は現在、ジョン・F・ケネディ・ジュニアはクリントン夫妻によって暗殺された、と説く本に取り組みつつ、もう一方では並行して、ヒラリー・クリントンのアドバイザー、フーマ・アベディンは「サウジのスパイ」であるという説を広めているのだ。
ただ、同じく陰謀論のデパートのような人物であるとはいえ、ストーンのほうは、陰謀「論」だけを売り買いしてきたわけではない。ロンソンは、ストーンがかつてマナフォートらと共にロビー会社を立ち上げ、第三世界の独裁者を顧客に大金を受け取ってアメリカ政府に働きかけるロビー活動をしていた事実を知る(なお、ロンソンは触れていないが、ロンソンが参照しているThe Daily Beastの記事で、かつてのマナフォートの大口顧客の一つとして挙げられているのはサウジ・アラビア政府である)。
ロンソンは、ジョーンズに率直な疑問をぶつける。
「君は反エリート主義だろ。でも、僕の目には彼らはずいぶんエリート主義的に見えるね」と僕が言った。
「誰のことだ?」とアレックスが尋ねた。
「トランプ」と僕が言った。「ポール・マナフォート、ロジャー・ストーン」
「俺はロジャーが好きだ」とアレックス。
「僕は彼とマナフォートが80年代と90年代にやっていた例のロビー会社について少し調べていたんだ」僕が言った。「彼らは相当にいかがわしいエリートたちと取引していたよ。とんでもない連中、殺人者たちのことだ。人々を拷問にかけて路上に捨て去るフェルディナンド・マルコスみたいな連中だよ」
ジョーンズはこれに対して「擁護するつもりはない」「ロジャー本人がすでに非難している」と答えるが、ロンソンはあとで、『困った時のロジャー・ストーン』を取材中だった共同監督の一人、モーガン・ペーム(Morgan Pehme)に確認を取り、そんな事実はないことを教えられる(映画の中でも、ストーンは「大金を稼いだし、自分の仕事に満足している」と明言している)。映画で描かれるように、ストーンは、誤りを認めるとか反省を示すとか、あるいは道徳的であろうとする、といった、(ストーンの考えでは)「弱さ」を見せることを嫌うのである。
「反エリート主義」という旗印
『困った時のロジャー・ストーン』の中でストーンは、「私の行動のすべては特定の考えと政治的哲学とを政府に持たせるためのものだ。〔・・・〕反エリート主義は、最初にリチャード・ニクソンによって見いだされ(identified)、次いでロナルド・レーガン、そしていまドナルド・トランプによって活用されている(mined)」と語る。だが、少し考えれば気が付くことだが、ここで語られている「反エリート主義」とは、「政治信条」というよりも、「政治手法」である。そもそも、あらゆる手段を用いて人々を動かして、自分にとって望ましい政治信条を政府に持たせようとしている、と語るのだから、ストーンのいう「反エリート主義」が、彼のいう「特定の考えと政治的哲学」の中身について話しているのか、それを植え付けるための手段について話しているのか、あいまいだ。そして実際のところ、「教養のない有権者にエンターテインメントと政治の違いなど分かると思うか?」とカメラの前で吐き捨てるストーンは、露骨にエリート主義的でもある。
映画の中でストーンは「たとえトランプが負けても、私の勝ちだ。ストーン流の政治が政界の中心に確立された。CNN、MSNBCは今や中心から外れ、オルト・ライトのメディアが主流になった」と述べる。不穏な予言であるが、同時に、この言い方からすると、彼が自身の言う勝利後の世界の展望を本当に描けているのか、正直なところ疑わしくもなってくる。
上の発言でストーンが名前を挙げていないのが、CNN、MSNBCを押さえてケーブル・ニュースの視聴率トップに立つFox Newsである(トランプ‐ロシア疑惑騒動の最中、疑惑を扱おうとしないFox Newsが一時首位を転落したことも報じられたが)。Fox Newsの番組上でレギュラー出演者たちが「主流メディア」(mainstream media)について不満を述べるのは、お決まりの光景として知られている。「主流」というのは、自らを「オルタナティヴ」としてポジショニングするための蔑みの語であり、自分たちはあくまで「主流」を叩く側であり続けなければいけないわけである。その意味で、トランプ政権誕生は、親トランプ派メディアにとって立ち位置を難しくするものであるようだ。
そのFox Newsを「主流」的過ぎるとしばしば叩くオルト・ライト・ネットメディアの筆頭格Breitbartは、大富豪マーサー一族に部分的に所有されていることで知られている(Media Matters for America)。地球温暖化否定論に熱心に金を投じてパリ協定離脱の旗振り役となっていた、ともいわれるマーサー一族である(ハーバー・ビジネス・オンライン)。Breitbartはトランプ政権発足以降、トラフィックと広告収入の落ち込みを見せているため、マーサー一族からの資金が頼みの綱となっている可能性も示唆される(Digiday)。
ロンソンは、『困った時のロジャー・ストーン』の監督モーガン・ペームとの次のようなやりとりを記している。
「アレックスはストーンの深みにはまっているのかな?」私がテキストを送った。「もしかしたらストーンのほうがジョーンズの深みにはまっているのかも」と彼が返信してきた。
(※)「レプティリアン(爬虫類人)」とは、デヴィッド・アイク(David Icke)という、「インフォウォーズ」出演歴のある別の陰謀論者の用語。アイクの著作は困ったことに日本の陰謀論者・太田龍により日本語訳が出されている。
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