【無料本】サラ・ジョン『ゴミのインターネット』

インターネットにおける「ゴミ」とは?

 ジャーナリスト、サラ・ジョン(Sarah Jeong)の著書 The Internet of Garbage(『ゴミのインターネット』)の改訂版が無料公開されている。2015年に発表されたオンライン・ハラスメントについてのノンフィクションである。公開しているのは、彼女がライターを務めるテクノロジー系サイト The Verge で、PDF、ePUB、mobi の形式でダウンロード可能だ(The Verge のダウンロード・ページ

 同書の根幹にあるのは、「言論の自由」をめぐる問題としてフレームされやすいヘイトスピーチやオンライン・ハラスメントは、むしろカテゴリー的にはスパムに近いものであり、「ゴミ」の問題としての対応が要される、という洞察だ。あらゆるオンライン空間は、「ゴミ」の問題に何らかのかたちで対応してきたのである。

ゴミとは、単純に、望まれないコンテンツのことである。それは、サイトのコードを壊すものかもしれないし、マルウェアかもしれない。機械的に生成された広告文という固有の意味でのスパムかもしれない。他のユーザーに直接に向けられた「明確な脅迫」かもしれないし、あいまいな脅迫かもしれない。Fワードが散りばめられ過ぎた投稿のことかもしれない。モデレーションの厳重なコミュニティにおいては、単にトピックから外れているとみなされた投稿でも削除されることがある。脅迫的であったり不快であったり話題から外れていたりしない投稿でも、ゴミとみなされることはあり得る。SomethingAwful のフォーラム上では、何らコミュニティに貢献するところがないと目された投稿には「クソ書き込み」(shitpost)という印象的な呼び名が与えられる。

最も無秩序と目される空間においても、ゴミと分類されるコンテンツは存在する。「何でも」許されるとの評判を持つサイト 4chan では、「晒し(doxing)」(住所など個人情報を許可なく投稿すること)と「フォーラム襲撃(forum raid)」(他サイトに対する破壊行為やハラスメントを画策すること)が禁じられている。かつてドラッグ売買に利用されていた Tor を用いた闇サイト Silk Road において、銃を売ることは禁じられていた。どちらのサイトにおいても、児童ポルノは禁じられている(いた)。

 著者は、アメリカ合州国憲法修正第一条が定める言論の自由はオンライン・プラットフォームには適用されない、と明言する。なぜなら、修正第一条は、言論が政府によって制限されることを禁じるものであり、他方、ツイッターやフェイスブックは私企業である、という単純な事実があるからだ。

コンテンツとしてのオンライン・ハラスメントは、「ゴミ」という、より広範で、以前から存在するカテゴリーに含まれる。インターネットの歴史を通じて、コミュニティや、オープンソース・プロジェクト、標準化団体は、ゴミの問題と格闘してきた。いまや、企業が同じようにその問題と格闘するようになったのであり、そして不幸なことに、企業は資本主義の最悪の戦略をデフォルトとして実行している。まず最初に、顧客に責任をとらせて、次いで、薄給の下請け業者、あるいはよりひどい場合、海外の低賃金労働にアウトソースしているのである。

違う標的、同じ手口

 The Verge のダウンロード・ページの編集長からのコメントにあるように、『ゴミのインターネット』無料公開の背景には、サラ・ジョン自身がこの8月にオンライン・ハラスメント・キャンペーンの標的となった、という経緯がある。彼女のニューヨーク・タイムズ編集委員への就任が発表されると、彼女の過去のツイートを取り上げて就任中止を求める声が拡散されたのである。アジア系女性である彼女への嫌がらせに対して彼女が皮肉で応じたツイートを画像として拾い集めて「人種差別」「白人憎悪」の証拠と主張したものだ。

 過去のツイートを持ち出して解任を求める、といえば、最近、より目立った(そして成功してしまった)別のキャンペーンがあったことはよく知られている。映画監督のジェームズ・ガンをめぐる一件だ。ドナルド・トランプ大統領に対する批判的な発言を繰り返していたガンが、小児性愛やレイプについて冗談を述べた古いツイートを理由にこの7月に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズから解任されたのである(Polygon)。

 ジェームズ・ガン解任を扇動したのは、オルト・ライト(オルタナ右翼)の陰謀論者として悪名高いマイク・セルノヴィッチ(Mike Cernovich)である。 彼が InfoWars のアレックス・ジョーンズ(Alex Jones)とともに流布した Pizzagate(ピザゲート)は、その陰謀論を信じた人物による銃撃事件にまで発展したことで知られる。また、The Huffington Post の詳細な記事は、セルノヴィッチが現在のフォロワーと戦略とを獲得したのは、2014年の Gamergate(ゲーマーゲート)であった、と正確に指摘している。ゲーム業界の女性たちが(記事の言い方では、ゲーマーと白人至上主義者によって)標的とされたこの騒動で、セルノヴィッチ(ちなみに、彼はゲーマーではない)は、ゲーマーをおちょくったあるライターのツイートを取り上げてメディアの広告主に圧力をかけることに成功したのである。そして、ディズニーの対応が示すように、同じパターンが性懲りもなく繰り返されてしまっているわけだ。

 2015年に発表された『ゴミのインターネット』は、この現代的なネットの風景をいち早く観察していたともいえる。今回新しく加えられた序文でサラ・ジョンは、初版発表以来の状況について次のように言及している。

〔……〕私が第2章で簡潔に触れた Gamergate の周到なハラスメント・キャンペーンは以来、私たちの国の政治・文化をめぐる議論を圧倒してしまっている。これらの嘘と歪曲と怒りの捻じれたもつれは、単なる奇妙で不愉快なだけのオンラインのゴミではないのである。これらのハラスメント・キャンペーンは、大統領令、新任の裁判官をも含む裁判所の判決につきまとっており、この先何年も、私たちを悩ますことになるのである。私たちはみな、言論の自由市場における詐欺の被害者なのだ。


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