紹介するのは、The New Yorker の記事「陰謀論を研究するリベラルの学者が、いかにして右翼の陰謀論の標的となったか」 (Andrew Marantz, "How a Liberal Scholar of Conspiracy Theories Became the Subject of a Right-Wing Conspiracy Theory", The New Yorker, 2017/12/27)。
日本でも訳書の多い著名な法学者キャス・サンスティーン(Cass Sunstein)が Fox News や InfoWars といった右派メディアの繰り広げる陰謀論の標的となった経緯が語られている。
「アメリカで最も危険な男」になるまで
以下、長いが、記事より抜粋:
2010年に、バーモント州の小説家で極左活動家のマーク・エストリンが、ハーバード大学ロースクールの教授で世界で最も多く引用される法学者であるキャス・サンスティーンの論文のオンライン版を見つけた。「陰謀論」(“Conspiracy Theories”)と名付けられたその論文は、2008年に「政治哲学研究」(Journal of Political Philosophy)という名の小さな学術誌で発表されたものだ。その中でサンスティーンは、彼のハーバードの同僚エイドリアン・ヴァームールとともに、どのように陰謀論が(とりわけオンラインで)広まるかを説明しようとしたのである。その一ヵ所で、彼らはラディカルな提言をした。「我々のここでの主要な政策的要求は、政府は、陰謀論を生み出すグループへの認知的潜入(cognitive infiltration)に従事すべきだ、というものである。」 著者らにとって、陰謀論の主要な実例とは、「9/11テロは内部犯行である」とする信念であった。彼らは「認知的潜入」を「政府要員あるいは(オンライン上でまたは現実で、公けにまたは匿名で活動する)協力者が、陰謀論への疑念を植え付け、そうしたグループのあいだに流通する情報を型にはめることで、信奉者たちの歪な認識を根元から崩す」プログラムと定義した。
最終稿では、サンスティーンとヴァームールは、政府による陰謀論の禁止は、違憲的であり、危険をはらむ、という明白な事実を述べることがなかった。(より広く読まれたオンラインに投稿された草稿において彼らは、検閲は「表現の自由の原則に抵触する」と強調しつつも、「陰謀論があまりに広がり危険であるために検閲を考慮し得る状況を想像できる」と述べていた。)
サンスティーンは、90年代半ばに、「カスケード理論」(cascade theory)についての法学レビューのシリーズを共著で書いた頃から、情報の広まり方について研究している。「カスケード理論」とは、ある意見が、陪審員、市場、種々のサブカルチャーのあいだを広まっていくかを描くモデルである。彼がとりわけ興味を抱いていたのは、彼が「集団分極化の法則」と呼ぶものであった。すなわち、いかにしてイデオロギー的に画一的なグループが「正当化し得ない過激主義、狂信主義の温床」となり得るか、を論じるものである。2001年、インターネット上での政治的分極化に関する彼の最初の本『Republic.com』(Republic.com〔邦訳『インターネットは民主主義の敵か』毎日新聞社 〕)は、たとえ堅固で、異を唱える見方にアクセスがあったとしても、多くの人々は彼らがすでに信じているものを肯定する情報を好む、と警告した。彼はこの本を2007年に『Republic.com 2.0:ブログの逆襲』(Republic.com 2.0: Revenge of the Blogs)として改訂し、今年〔2017年〕再び『#Republic:ソーシャルメディア時代の分断された民主政』(#Republic: Divded Democracy in the Age of Social Media)として改訂した。彼が『Republic.com』を書いた時にはソーシャル・メディアは存在せず、彼が『Republic.com 2.0』を書いた時にはソーシャル・メディアのインパクトは取るに足らないものであったため彼は実質的にそれを無視したのである。『#Republic』で、彼は、Facebook のようなサービスは、現代のアゴラを形成しており、そのパーソナライズされたアルゴリズムは、アメリカ人にとって同胞市民を理解することをよりいっそう困難にしつつある、と論じている。
バラク・オバマが2009年に大統領に就任した際、オバマは、友人でありシカゴ大学ロースクールでかつて同僚であったサンスティーンを、情報・規制問題室(the Office of Information and Regulatory Affairs)の室長に任命した。情報・規制問題室は、連邦法制の草案を査定し、費用便益分析といったツールを使って、それらをより効率的なものとする方法を勧めるのを仕事とする。
「陰謀論」論文に最初に気がついたブロガーらしきエストリンは、2010年1月に「ファシズムはあるかい?」(“Got Fascism?”)とのヘッドラインをつけて一つの記事を投稿した。「英語に翻訳すると、サンスティーンが提唱しているのは、一般的な政策に反対するグループへの政府の潜入である」と、彼は「オルタナティヴな進歩派」を名乗るウェブサイト Rag Blog に書いた。3日後には、ジャーナリストのダニエル・テンサー(ツイッターのプロフ欄曰く、「あらゆる種類の素晴らしい物語の愛好者」)が、エストリンの投稿を Raw Story で敷衍した。その2日後には、市民的自由擁護派(civil-libertarian)のジャーナリストであるグレン・グリーンウォルドが、「オバマの親友の背筋の凍るような提案」というヘッドラインで Salon に寄稿した。グリーンウォルドは、サンスティーンの論文を「全くもって悪質」と呼び、「陰謀論が共感を呼ぶのは、まさしく、政府の活動や声明を信用すべきでないことを、人々が——理性的に——学んだからである。サンスティーンの提唱する密かなプロパガンダの計画は、まさしく、なぜそうなのかを完璧に例証するものだ」と結論付けた。サンスティーンの「計画」(scheme)、とグリーンウォルドは書いたが、それは、実際のところ政府の活動や声明などではなかった。2008年に論文を書いた時には、サンスティーンは政府の一員ではなかったのである。彼は学問の世界におり、そこでの彼の仕事は、挑発的なものも含めてさまざまな思考実験を発案することにあったのだ。だが、グリーンウォルドが、すべての懐疑主義がパラノイアであるわけではない、と指摘したのは正しかった。
エストリンの投稿から3日後には、火は道路の反対側にも飛び移っていた。リバタリアンの陰謀論サイト InfoWars のライター、ポール・ジョセフ・ワトソンがエストリンの記事に飛びつき、そこから自由連想モードで1500語の記事へと脱線的に膨らませたのである。「企業メディア・ネットワークをも支配する軍産複合体が、真実を打ち消すべく、有力インターネット・サイトに潜入してプロパガンダを広めるための数多くのプログラムを有していることは、はっきりと確立された事実である」と。 InfoWars の彼の上司であるアレックス・ジョーンズが毎日のラジオ・ショーでこの論点を敷衍し始めた。「キャス・サンスティーンは、陰謀論を禁止せよ、と言っている、奴が何と言おうがそういうことなのだ。証拠があるんだぞ。」
当時、グレン・ベックは、Fox Newsでの毎日のテレビ番組と系列配信のラジオ番組とを持っていた。ハリス世論調査によれば、彼は当時、オプラ・ウィンフリーに次いで、アメリカで二番目に人気のTVパーソナリティーであった。ベックは、サンスティーンを「アメリカで最も危険な男」と呼んで、彼に対する熱のこもった暴言を数ヵ月にわたって送り届けた。
2010年と2011年のあいだ、サンスティーンは右翼トーク・ショーのお決まりの標的となり、ティーパーティにつながりのある議会メンバーたちが、政府の行きすぎのシンボルとして彼の名前を持ち出すようになった。
サンスティーンが辞任を求められることはなかった。彼は情報・規制問題室の室長を3年間務め上げてから、2012年にハーバードに戻った。2年後、彼は『陰謀論、およびその他の危険なアイディア』(Conspiracy Theories and Other Dangerous Ideas)と題されたエッセイ集を刊行した。その第一章は「陰謀論」論文の改訂版であり、いくつかの但し書きが加えられ、ヴァームールの名前が落とされている。だが、改訂が極右のトークショーでのサンスティーンの扱いを改善することはなかった。その世界では彼はすでに、ソウル・アリンスキー、ジョージ・ソロス、アル・ゴアとともに、グローバリストの不気味な黒幕の神殿に祀られる存在となっていたのである〔訳注1〕。〔……〕昨年〔2016年〕の12月、アレックス・ジョーンズ——信じがたいことに、いまや彼はホワイトハウスの何人かを含む多くの保守派からベックよりも真剣に受け止められている——は、できたばかりの法律「外国プロパガンダ・偽情報対抗法」(the Countering Foreign Propaganda and Disinformation Act)を罵倒し、法律は「アメリカにおけるあらゆるコミュニケーションを連邦政府の管轄下に置くものであり」「CIAにメディアのコントロールを与えるものである」と主張した。ジョーンズによると、非難されるべきは、法律を書いた議会メンバーでも、それに署名したオバマ大統領でもなかった。「俺は今朝ここに座って、考え続けていた。『何か記憶に思い当たるものはないか?』と。そして思い出したのさ、『なんてこった、キャス・サンスティーンだ!』とね。」
プラトンによるオリジナルの『国家』(Republic)では、「対話」(dialectic)と「口論」(eristic)の区別がなされている〔訳注2〕。前者は、真実を理解するという目標と誠意をもってなされる議論であるが、後者は、討論相手をけなすために、パフォーマンスとしてなされる議論である。サンスティーンは、自分が対話のほうにあまりに熱心で、口論にあまりに疑念の眼を向けているために、後者の力を理解することに時として失敗している、と認める。「多様な政治的見地と内実のある議論とを持った人々に囲まれたシカゴ大学での長い年月のあとで、点稼ぎのためになされる議論をあまりに多く目にして私はちょっと驚いてしまったのさ」と、彼は言う。だが、こうも加える。「グレン・ベックに大声でやり返すためにツイッターを使うのが私の仕事だとは思わない。仮に私にそれができたとしても、そんなことをした後には5分間シャワーを浴びたくなるだろうね。」
〔訳注1〕:ソウル・アリンスキー(Saul Alinsky, 1909-1972)は、「住民組織化」(community organizing)と呼ばれる草の根運動の方法論を提唱した活動家。右派のあいだで、左翼の教祖と悪魔視される人物だが、皮肉なことに、ティーパーティなどの保守派運動は彼の方法論を活用している(参考:Wikipedia)。ジョージ・ソロスは、右派の陰謀論ファンタジーの世界のボスキャラとなって久しい投資家・慈善家。アル・ゴア元副大統領も、地球温暖化捏造説に欠かせない黒幕となっている。なお、ここで「グローバリスト」(globalist)というのは、アメリカ右翼に特有の陰謀論的用語(あるいは、転じて単なる罵倒語)であり、資本・情報・モノ・人の移動といったいわゆる「グローバリゼーション」の推進とは関係がない。
〔訳注2〕:プラトンは『国家』でソクラテスに次のように語らせている。「多くの人々は、自分ではそんなつもりでなくてもその中にはまりこんでしまって、実際には口論しているだけなのに、そうではなく自分はまともな対話をしているのだ、と思い込んでいるようにぼくには見えるからだ。それというのも、彼らは議論になっている事柄を、その適切な種類ごとに分けて考察することができずに、ただ言葉尻だけをつかまえては相手の論旨を矛盾に追い込もうとするからなのであって、その場合お互いにしているのは、ただの口論であって対話ではないのだ。」(プラトン『国家』藤沢令夫訳、岩波文庫、1979年、451A)
プチ陰謀論とガチ陰謀論のあいだ
「トランプ大統領のアメリカ」を語るうえで無視できないアレックス・ジョーンズ(Alex Jones)については、別に記事を書いたのでそちらの参照を願うが、手っ取り早い紹介として、彼のわめきをインディー・フォーク・ソング風に歌い上げたミュージック・ビデオがあるので、そちらも貼り付けておく。
Alex Jones Rants as an Indie Folk Song | Nick Lutsko
本文に登場する部下のポール・ジョセフ・ワトソン(Paul Joseph Watson)も、ジョーンズに劣らずネット上で影響力を持つ右翼で、「おそらく原型的な YouTube 右翼ヴロガー」と評される人物(The New York Times Magazine)。いわゆる「オルト・ライト」「オルタナ右翼」(Alt-Right)について、その名を自称したリチャード・スペンサーら人種主義者グループと区別して、その同調者らを“Alt-Light”(または“Alt-Lite”)と呼んだりするが、オルト・ライトを調査する反人種差別団体は、ワトソンを後者の代表格と位置付けている(HOPE Not Hate)。「オルト・ライト」のレッテルから距離を置く一方で、オルト・ライト的な見解を標準化し、極右の入り口となる役割を果たしている、というのである。(※関連記事:「リチャード・スペンサーの人種主義のエリート的なルーツ」)
ワトソン、ジョーンズら右のクレイジーな面々が飛びついて以降の展開は、上の動画を見ておけばだいたい想像がつくところであるが、個人的には、当初、左派サイドでプチ陰謀論として広まった、というところに興味がそそられた。そこでのプレイヤーが「いかにも」なサイトや人物なのも、ご愛敬。
Raw Story は、主流メディアで取り上げられないニュースを売りにする左派系のニュース・サイト。その通りのこともしており、有益な報道も少なくないが、「未加工のストーリー」という名とは裏腹に、他サイトが報じた話題をよりセンセーショナルな見出しで報じることも多い、まぁ、ちょっとそんなところのあるサイト。
他方、「計画」と陰謀論めいた糾弾に踏み込んでしまったグレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald)は、エドワード・スノーデン取材で有名な弁護士・ジャーナリスト。著名な進歩派言論人であるが、独善的な物言いがトレードマークのような人で、陰謀論がかった誇張もしばしば指摘される(The Daily Banter)。ヒラリー・クリントン批判や主流メディア叩きに熱心であったり、トランプ‐ロシア疑惑(いわゆる「ロシアゲート」)に懐疑的であったりするためか、右派からのフォローも多い。(※関連記事:「反戦左翼の失敗」)。
論文と無関係な「自由連想モード」の右派の陰謀論と同列には扱えないが、論文での主張についての正当な懸念・批判を含むとはいえ、左派側の誇張や拡大解釈が陰謀論化に先鞭をつけてしまった、というのは教訓的。と同時に、情報の広まり方について論じるサンスティーンが、自身をめぐる陰謀論の拡散に無力であった事実は、ほろ苦い。
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