【海外記事紹介】「クーデターのための観測気球? 過去24時間のニュースを分析する」(Yonatan Zunger)

 紹介するのは、ジョナタン・ザンガー氏のMediumへの投稿(Yonatan Zunger, "Trial Balloon for a Coup?: Analyzing the news of the past 24 hours", Medium, 2016/01/29)。氏は、Googleに勤める技術者(Distiguished Engineer)らしい。記事は反響を呼び、Boing Boingのような人気サイトでも紹介されている。

 時間が取れず振り返らずに訳しているので、意訳・誤訳・訳し忘れなどありそうだが、興味深い内容なので、ひとまず紹介。アメリカの新大統領ドナルド・トランプが1月27日に発した、イスラム教圏7ヵ国を対象とする入国禁止の大統領令は国内外に衝撃を与えているが、目まぐるしい動きのなかにはっきりとしたパターンをすでに読み取ることができる、というのが、記事の論旨である。

トランプ政権の中枢サークルと、合州国に対するクーデター

 まずは注意を要する一連のニュース報道から。

(1)プリーバス〔大統領首席補佐官〕は、今日、二つの声明を発した。一つは、ムスリムに対する入国禁止はグリーンカード(永住許可証)保持者には適用されない、というもの。彼の声明で語られなかったことがはっきりと分かるのは、他のタイプのビザ(長期のものを含む)を持つ人々についてであり、あるいはグリーンカードを一方的に一挙に無効にする国土安全保障省(DHS)の権力について、である。

もう一つは、ホロコーストを想起する日(Holocaust Remembrance Day)の声明のなかでユダヤ人に言及しなかったのは、意図的なことであり、発言を後悔していない、というものだ。

ここでの注意すべきポイントは、プリーバスがこれらの声明を出しているのであり、それは、通常、首席補佐官の仕事ではないことである。この点については後述する。

(2)ルディ・ジュリアーニ〔元ニューヨーク市長、トランプのアドバイザー〕は、昨日の大統領令の意図は、全くはっきりと「ムスリムの入国禁止」であり、彼自身がトランプからこれ〔ムスリム入国禁止〕をどのように合法的に実行できるかを尋ねられた人々のうちの一人である、とFoxニュースに対して語った

(3)CNNは、入国禁止が作成され発表されるまでの過程についての詳細なストーリーを(綿密な裏付けとともに)報じた。このなかで注目すべきは、DHSの法律家たちは、大統領令に反対し、とりわけグリーンカード保持者の入国拒否を違法とし、加えて、現在出国中の人々が行き場を失わないように猶予期間を設けなければならない、と強調したが、彼らの訴えはバノン〔首席戦略官兼大統領上級顧問〕とスティーヴン・ミラー〔大統領上級顧問〕によりじきじきに却下された、というところである。〔・・・〕

(4)ガーディアン紙は、木曜日の国務省のほとんど全ての上級スタッフの「大量辞職」なるものは、実際のところ辞職ではなく、ホワイトハウスに命令された粛清(purge)であったことを(綿密な裏付けとともに)報じている。〔・・・〕これは、ムスリム入国禁止のような(通常であれば職員たちが抵抗する)命令が下される決定的な最初の数週のあいだ、国務省がすっかり人のいない状態(unstaffed)に置かれることを意味する。〔・・・〕

(5)大統領就任の日、どうやらトランプは2020年大統領選への自身の立候補登録を行なったらしい。異例というだけでなく、これはすぐにも「キャンペーンへの寄付」を受け始めることをできるようにする可能性を彼にとって開くものだ。〔・・・〕

(6)〔・・・〕水曜日、ロイターは(極めて詳細に)、ロシア国有の石油会社ロスネフチの19.5%の株が何者かに売却されたことを報じた。〔・・・〕これがどうして興味深いのか? 悪名高いスティール文書(例の「ゴールデン・シャワー」が記載されたものだ)〔訳注〕には、プーチンがトランプに対して、もしトランプが大統領になり制裁を解除するなら、ロスネフチの19%の株をトランプに提供することを申し出た、との言明が含まれていた。そして19.5%というのは、「19%+委託手数料」というのとずいぶんそっくりに聞こえるのである。

 これらのこと全てが何を意味するのか?

第一に、グリーンカード保持者をいったんブロックし、それから承認する、という決定は、カオスを作り出し反対運動を引き出すためになされていた。彼らはそれを長く固守するつもりなどなかったのである。そのゴールが、「抵抗疲れ」を生み出すこと、つまり、アメリカの人々を比較的早くに「また抗議か? いい加減やめたらどうだ?」と言いそうな段階へ持ち込むことにあったとしても私は驚かない。〔・・・〕

昨夜の最も怖ろしいエスカレーションは、彼らがいかなる裁判所命令にも従う必要を感じていないことをDHSが明確にした、ということである。


すなわち、行政府はどの程度までDHS(や他の行政機構)が他の政府機構の命令を無視して行動することができるかをテストしているのである。これは、この上なく深刻な事態である。XやYといった命令が憲法に反する否かの議論の一切は、政府の構成要素がそれを執行し、裁判所が無視されるのであれば、何の意味も持たない。

昨日の出来事は、合州国に対するクーデターのための観測気球であったのである。それは、彼らに有益な情報をもたらしたわけだ。

第二の主要なテーマは、関係した一握りの人々の観察である。少なくともトランプ、バノン、ミラー、プリーバス、クシュナー〔大統領上級顧問〕、そしておそらくフリン〔国家安全保障問題担当大統領補佐官〕を含む、がっちりと組まれた「中枢サークル」(inner circle)が存在するらしいのである。他の部門や被任命者は、重要な指令が、組織が骨抜きにされた後になって初めて彼らに知らされる、といったかたちで、故意に足かせをつけられていた。〔・・・〕

トランプの私用私設の保安部隊のための進行中の計画、そして彼とインテリジェンス・コミュニティとのあいだの深い不和が思い起こされる。先週の日曜日、〔大統領顧問の〕ケリアン・コンウェイ(たぶん彼女もまたトランプの中枢サークルのメンバーであろう)は、「〔トランプが〕彼自身の保安及びインテリジェンスのコミュニティを配置すべき時だ」と述べた。これはどうやら本気のことらしい。


とりわけ最近の新政権への移行のあいだ中ずっと大統領に変わらぬ忠誠を誓っているように見えるDHS及びFBIと組み合わされるならば、これは、影の政府(shadow government)の骨組みを生み出す。すなわち、通常のいかなる様式においても説明責任を持たず、ただ大統領だけに報告義務を負う諜報機関と警察機構のことである。

第三のテーマは、お金だ。自身のビジネスを(運用白紙委任やそれに類するものを行なおうともせず)手元に置き続けようというトランプの決断、そして、キャンペーン資金の全くあからさまな流用は、彼が最初からこれを念入りな泥棒政治家(kleptocrats)だけができるやり方で大金持ちになるための方途と考えていたということを、かなりはっきりとさせた。

 導き出されるのは次のような結論である。

  1. トランプは、実際のところ、キャンペーン中、全く正直であったのであり、彼は彼が言ったことのすべてと、そしてそれ以上のことをやるつもりである。〔・・・〕
  2. いま現在の体制の主要な組織的目標は、一切の実効性のある権力を中枢サークルに移行し、連邦官僚機構、議会、あるいは裁判所からのどのようなあり得るチェックをも抹消することにある。〔・・・〕
  3. 中枢サークルは、彼らが比類ない権力を握るための手段を活発に探っている。昨日の動きは、その手始めとして読み取られるべきものである。
  4. ムスリム、ラテンアメリカ人、黒人、トランスジェンダーの諸コミュニティ、学者、報道機関といったさまざまなグループを押しつぶすという目標は、体制の実に第一目標であり、以前に推測されていたよりもはるかに速いスピードで実行に移されているようだ。私腹を肥やす、という第二の目標もまた大いに進行中であり、賢明な人々はこれら二つの目標が互いに張り合っている様子に気づくだろう。

〔訳注〕クリストファー・スティール(Christopher Steele)という名の元MI6諜報員によるものとされるロシア・プーチン政権とトランプとの関係についての調査報告を指す。Buzzfeedが全文公開に踏み切り、波紋を呼んだ(Buzzfeed日本版による解説記事)。とりわけ話題となったのが、トランプがモスクワのホテルの一室で、雇った娼婦たちにベッドに向かって「ゴールデン・シャワー」(放尿)をさせているところをロシア当局に盗撮されていた、という部分。ただ、読めば分かるが、これは、以前同じ部屋に泊まったオバマ(当時大統領)夫妻への冒涜の意図から行われた、という話で、事実だとすると、「変態的」というより「偏執的」というか、ある意味もっと不健全な感じを与えるエピソードである。

〔※〕役職名の"Advisor"(ミラー、クシュナー)と"Councellor"(バノン、コンウェイ)だが、通例どう訳し分けられているのかちょっとすぐに調べがつかなかったので、便宜的にどちらも「顧問」と訳した。確認次第訂正する。

「レーニンは国家を打倒しようとした。俺のゴールも同じだ」

 記事でも触れられているように(そして多くの人々が早くから懸念していたように)、一連の動きのなかで大きな役割を演じていると目されているのが、右翼ニュース・サイトBreitbartの元会長で首席戦略官兼上級顧問のスティーヴン・バノンである。バノンは、ティー・パーティー運動に同調し、「ユダヤ‐キリスト教的西洋」の防衛を大仰に云々する(どちらかというと典型的な)極右だが(Buzzfeed)、The Daily Beastの記事によれば、彼は「俺はレーニン主義者だ」「レーニンは国家を打倒しようとした。俺のゴールも同じだ。俺はすべてを崩壊させたい、いまあるエスタブリッシュメントの全部を破壊したいんだ」とも豪語していたのだという。
 この手の人物の語ることをいちいち間に受けても仕方がないのだが(記事には、発言を記事化しようとした記者からの問い合わせに対して「お前と会った覚えはないし、その会話も記憶にない」という返答をバノンから受けた、と記されている)、それが「レーニン主義」かはさておき、超保守派のバノンが、共和党も既存の保守メディアも、ひょっとするとアメリカという国家すらも崩れ落ちることを望んでいる、というのは、信じていいように思える。その彼がいま権力の中枢にいるのだ。

スティーヴ・バノンって、SF映画に出てくる〈致死性の宇宙ウィルスに感染しているのに他のクルーにそれを教えようとしない奴〉みたいだよね。

 少し前に、「ポピュリストのトランプが民主政に対してもたらすのは徐々に進む腐食である」という趣旨の政治学者シェリー・バーマンによる分析を同意的に紹介する記事を書いた。私は今でも彼女の分析を有効なものと考えているが、ただ一点、「徐々に」というのは、手痛い読み違いだったかもしれない、と思う。

トランプの勝利後、他の民主政の諸機関やアクターは、憲法や法の統治、そしてマイノリティの権利に対する攻撃を、用心深く監視する必要がある。

という彼女の警告を、現実があっという間に追い越してしまったわけである。「用心深く監視する必要」もないほどにあまりにもあからさまな攻撃とともに。


【追記2017/02/04】

 紹介したザンガー氏の分析に対する興味深い批判をすぐあとで見つけたので、そちらも紹介記事を書いた。あわせて参照願いたい。

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