【海外記事紹介】「『A Gray State』:死にいたる自らの狂気への転落を撮影した右翼の陰謀論者」(Salon)

自らのパラノイアを記録する男

 Salon に「『A Gray State』:死にいたる自らの狂気への転落を撮影した右翼の陰謀論者」(Gary M. Kramer, "'A Gray State': A right-wing conspiracy theorist films his own deadly descent into madness", Salon, 2017/07/06)と題された興味深い記事が載せられていた。『A Gray State』という、今年完成されたドキュメンタリー映画に関する記事だ。ヴェルナー・ヘルツォーク監督のドキュメンタリー映画『グリズリーマン』(2005年)のプロデューサーとして知られるエリック・ネルソンが監督し、ヘルツォークがプロデューサーを務めている。

 映画が追うのは、陰謀論的世界観の色濃い自主映画を製作していたデヴィッド・クロウリー(David Crowley)という名の青年。クロウリーは、イラクとアフガニスタンでの軍務でPTSDを患った帰還兵で、クリスチャンであるが、ムスリムとして育てられた女性と結婚し(他サイトの報道によると、結婚時にクリスチャンに改宗した、とされている)、政治的にはランド・ポールの支持者で、極右のネット陰謀論番組ホスト、アレックス・ジョーンズとも親交を持っていた。

 2015年1月に、彼は妻、5歳の娘とともに自宅で死んでいるのを発見された。この死は「暗殺された」という陰謀論を巻き起こしたが、警察は、クロウリーが2人を射殺した後に自殺した、と結論付けている。(参考:The New YorkerDaily News

 彼のプロジェクト『Gray State』は、警察国家と化した連邦政府によって市民の自由が剥奪される近未来のアメリカを描くディストピア映画として自主企画され、2012年発表のコンセプト予告が200万回以上再生されるなどして、リバタリアン(自由至上主義者)、ティー・パーティー、オルト・ライト(オルタナ右翼)のような政治的右派のグループから支持を集めていた。


Gray State - Official Concept Trailer
(※)ドキュメンタリー『A Gray State』の予告ではありません。

 エリック・ネルソン監督の映画『A Gray State』は、このクロウリーが『Gray State』の構想に取り組みながら強迫的なかたちで記録し続けていた膨大な写真や動画フッテージと、関係者へのインタビューから構成されている、という(Salon の記事に抜粋映像が付されている)。2017年4月21日にアメリカ・ニューヨークのトライベカ映画祭で初上映されている(Tribeca Film Festival)。

アメリカの狂気のコア・サンプル

 以下、Salon 記事の監督インタビュー部分より抜粋する。

2015年に、ミネアポリス郊外でのオルト・ライトの映画製作者と彼の家族の死についての記事を目にしたんだ。即座に目にとまったよ。“Gray State”とググったら、彼のサイトにたどり着いて、そこには、彼の数々のセルフィーや彼とモヒカン頭の人が彼の家族を撮影しているところを映した動画があった。もしこれが彼が世界に見せたがっているものならば、その表層の下に何があるかと想像するだろう! 私は彼を知る人々を突き止めて、彼についての映画を作りたいと言ったんだ。


私は彼ら〔デヴィッド・クロウリーの家族や友人〕に対してこう言ったんだ。「ロード・マップはないし、私は、あなたがこの映画を気に入らないであろうことを約束する。あなたが見たいと思うようなものには決してならない。けれども、警察の事件捜査報告書では埋められなかった詳細を埋めることはできる。このストーリーには見た目以上のものがあると私は信じているし、これはあなたにとって一種のセラピーになり得るだろう」と。


映画は、オルト・ライト運動の解剖ではない。私はいい加減に、『素晴らしき映画野郎たち』×『グリズリーマン』×『シャイニング』だと呼んでいる。これは、狂気への転落を——そうと知ってか知らずにか——記録していた人物についての心理的ホラー映画なんだ。私はこれを、アメリカの狂気のコア・サンプルと名づけるね。この映画の中には、イカれた政治があって、イカれたナルシシズムがあって、映画を作る彼の友人たちのカルトがある。イラク戦争、銃文化、宗教、スピリチュアリティがある。この映画が触れなかったアメリカの狂気の側面があるかな? あるのだとしたら、私には見つけられない。


デヴィッド・クロウリーには、多くの面がある。彼はハンサムだし、優秀だし、帰還兵だし、素敵なムスリムと結婚したし、政治的才気があるし、自己宣伝家(self-propagandist)であって、そのすべてが彼の一部なんだ。もしあなたがトランプをひどいと思うなら、デヴィッド・クロウリーがどんな風になり得たかを考えてみて欲しい。

彼が常軌を逸したのは、追い込まれたと感じたから、落ちこぼれだと感じたからではなく、その逆なんだ。彼は並外れた成功を手にして、その成功の過程が彼を狂気へと追いやった。〔・・・〕

私は、デヴィッド・クロウリーのことを巨大な陰謀の犠牲者だと思っている。ただ、その陰謀というのは、グローバリストによる国連アジェンダ21、とかいうやつのことじゃない〔訳注〕。現代アメリカの生活のことだ。彼は『ブラックホーク・ダウン』を見て、自分も実際にああいうことをやれると思って、軍隊に入った。そういうのって君の人生をめちゃくちゃにするよね(That fucks you up.)。君はミネアポリスの郊外に住んでて、自分の手の届かない外の世界で自分は何かが出来ると考えている。君にはソーシャル・メディアがあって、そこには、彼らのためのファンタジーを確認して創り出すことを君に期待しているオルト・ライトの文化がある。陰謀スリラーだ。ただ、人々は間違ったところに陰謀を探しているのだけれど。


彼はリバタリアン(自由至上主義者)なのだと思う。彼はアレックス・ジョーンズを商業的マーケティングの道具として見ていた。彼はオバマの出生をめぐる陰謀論(the birther conspiracy)にはいくらか賛同していたけれど、オルト・ライトのネオ・ナチではない。彼はもっとリバタリアンで、中東のことを正確に分かっていた男だ。軍での二度目の国外勤務期間には良心的兵役拒否者になっている。彼は前線には行きたくなかったんだよ。


あなたは「なぜ」を知ることは決してない。こんな恐ろしい犯行についてどうして論理的な説明を持つことなどができるだろうか? 奇妙なことに、あなたは意味が分かりかける半分のところまで来ることになって、それは居心地の悪い場所なんだ。

〔訳注〕「アジェンダ21」とは、1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議」(いわゆる「地球サミット」)で採択された行動指針(国連公式サイト)。拘束力のない文書だが、アメリカの右派のあいだで、国連によるアメリカ乗っ取り計画である、などとする陰謀論が広められ、「我々は、国連アジェンダ21をアメリカの主権を侵食するものとして強く拒絶する」という2012年の共和党政策綱領の文言にまで発展した、という(参考:The Guardian)。ちなみに、「グローバリスト」(globalist)というのも、ここでは、アレックス・ジョーンズらアメリカの右派の一部が好んで用いる、陰謀論的な語彙。〈世界を操る陰の支配層〉のことである。


【追記】(2017/12/26)

 映画『A Gray State』は、Netflixにて『グレイ・ステイト―映画監督が見た光と闇―』として日本でも公開。

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