【海外記事紹介】「トランプの精神状態について憶測するのはやめろ」(Pacific Standard)

 紹介するのは、Pacific Standard の記事「トランプの精神状態について憶測するのはやめろ」(David M. Perry, "Stop Speculating About Trump's Mental Health", Pacific Standard, 2018/01/04)

 1月5日刊行のマイケル・ウルフ(Michael Wolff)による暴露本『炎と怒り:トランプ・ホワイトハウスの内幕』(Fire and Fury: Inside the Trump White House)をめぐって、トランプ氏の精神状態をめぐる関心が再燃したことが念頭に置かれている。記者は、そういった憶測が多くの場合、有害・無益であることを指摘し、過去のレーガン元大統領の事例を踏まえて、無責任な憶測(speculation)と信頼の置ける報道との違いを提起している。憶測は慎み、報道は自粛するな、という。

レーガンのアルツハイマーと「スタール基準」

 以下、記事より抜粋。

1986年、CBSのレポーター、レスリー・スタールは、ホワイトハウス特派員としての任期が終わる前に、彼女の夫・娘とともにロナルド・レーガン大統領へのお別れの挨拶に出かけた。〔……〕中へと入る前に、スタールは、質問はしないように、と言われた。レーガンが姿を現したとき、スタールが直面したのは、自分がどこにいるのかも分からない様子の混乱した男性であった。彼女の回想記と後の Mother Jones でのインタビューによると、レーガンが重大な認知能力の衰えを抱えていることを国民にどのように知らせるべきか、とスタールは考え始めた。だがその時、脚本家であった彼女の夫が、元俳優の大統領にハリウッドの話をし始めた。すると、レーガンは突如としてまどろみから覚めて、スタールは彼女が見たものを公表しようというプランをしまうことにしたのである。


18ヵ月のあいだ、私は、障害の正義(disability justice)の活動家たちとともに、トランプの冷酷さ、無能、欺瞞を、気安く診断される病名と結びつける、そのような憶測は、障害者差別的な発想に根差したものだと批判してきた。〔……〕私は、この手の憶測に対して断固として反対してきたのである。そんなことをしても、トランプの解任につながると私は思わない。そんなことをしても、精神病を抱える人々が病気のことをますます語りづらい状況を生むだけだ、と私は思っている。だが、レーガンのアルツハイマー病をめぐって存在したとされるごまかしや沈黙を念頭に置いた時、大統領の精神的健康状態について報じることが適切な場合もあり得る、と私は認めなければならない。


誤解しないでほしいが、トランプが近年の歴史上において大統領に最も不適格な人物であることは間違いない。ひょっとすると、この国の歴史上最も大統領に不適格な人物かもしれない。だが、それは、彼が大統領選に出馬するずっと前から分かっていたことだ。彼は、彼の生涯の過去50年を通して同じようにふるまってきたのである。嘘をつき、自慢し、誇張し、金をだまし取り、威張り散らし、憎悪と分断を広め、彼の途方もない無能と底のない無知とを隠しながら、彼の資産を膨らませるためにできることならなんでもしてきたのである。こうした性格の何一つとして、病気による説明を要さない。トランプの大統領としての適格さの欠落は、彼が何か診断され得る病状を持っているかどうかとは一切関係がないのである。


私はトランプの認知能力について話す際の「スタール基準」を提唱したい。私は、スタールは彼女がレーガンとの最後の面会で目にしたものを報じるべきだったし、彼女は彼女の報道機関の力を、そうした出来事がどれくらい頻繁に起こっていたのか、そんな時に誰が国を指揮していたのか、どのような診断の手順が踏まれていたのか、を問うために用いるべきであった、と考える。〔……〕トランプ時代において、共和党とそのリーダーは、監督義務と透明性とをすっかり放棄した。本人が認めているように、トランプの医師は、大統領候補であった彼の健康状態の診断を、リムジンを外に待たせたままの5分間で済ませた。トランプは、彼の納税申告書を公開していない。議会による監督は存在しないも同然である。だから、もしジャーナリストかトランプに近い情報源が直接に観察したのであれば、報道したらいい。そうでないのであれば、そのような憶測はやめるべきだ。

暴露本が政権にとって有用な理由

 背景となっている暴露本について、少し付け加えよう。

 ホワイトハウス取材を許可されていたウルフによる『炎と怒り』をめぐっては、刊行を差し止めようとしたトランプ大統領が、自分は「情緒の安定した天才」(a very stable genius)である、とツイッター上で反論したことが失笑を誘った。タイトルの「炎と怒り」(Fire and Fury)とは、2017年8月8日にトランプ大統領が北朝鮮に対する脅しとして用いた語句(CNN日本語)。北朝鮮史研究者からは「北朝鮮側が言いそうな言葉だと人が思う類いのもの」と評された(関連記事)。トランプ大統領は1月3日にもツイッターで、「私も核攻撃ボタンを持っているし、私のボタンは、奴のよりもっとデカくて強力で、ちゃんと機能するんだぞ、と奴に教えてやれ!」と、核攻撃ボタンの大きさを金正恩総書記と一人張り合おうとする奇行を演じ、彼の精神状態を疑問視する暴露本に注目が集まった。(参考:VoxCNN日本語

 私自身は『炎と怒り』を読んでいないし読む気もないが、英ガーディアンの要約によると、以下のような記述が出てくるそうだ。

  • キャンペーンの誰もが当選する見込みがあるとは思っていなかった。トランプは選挙を金儲けと売名のためのものとして考えており、アドバイザーたちも、テレビや政界に自分を売り込むことを狙っていた。ロシア疑惑で国家安全保障担当補佐官を辞任したマイケル・フリンは、ロシア政府に後援されたメディア RT から高額謝礼を受け取っていたことについて、選挙中、「問題になるのは当選した時だけ」と友人に語っていた。
  • 妻メラニーも勝つと思っていなかった一人で、当選の夜、(喜びからではなく)涙を流した。
  • トランプは、毒殺を怖れて、マクドナルドを好んでいる。
  • 「『ホワイトトラッシュ』って何ですか?」と外国人モデルに訊かれて、トランプは「私みたいな人だよ。ただし、貧乏なんだ」と答えた。
  • 側近ばかりか家族のメンバーも71歳のトランプの職務能力を疑っている。
  • トランプはしきりに同じことを繰り返し言い、その日テレビの司会者が彼について述べたことについてが多い。

 だが、この暴露本については、トランプ大統領をまぬけな存在として提示することで、実際には、政権の腐敗を過小評価する役割を果たしている、との鋭い指摘もある。トランプ氏個人および政権は、政策を立案・実行する、といった意味では政治的に無能であるかもしれないが、そのことは、トランプ氏が狡猾な権力の濫用者である事実を打ち消すものではないのである。

 The Globe and Mail の記事「トランプは天才などではないが、バカなふりをする点で抜け目がない」(Sarah Kendzior, "Trump is no genius, but he’s smart at playing dumb", The Globe and Mail, 2018/01/07)より:

だが、『炎と怒り』は同時に、不完全な描写なのである。そして、それがトランプ氏にとってこの本が有用な点だ。この本は、大胆で信じがたい主張から始まる。トランプ氏は当選を一度も望んだことがなかった、というものだ。そして第二の主張が続く。勝利を予期していなかったトランプ氏は、政治の初心者としてあわれにもホワイトハウスに迷い込んだ、というものだ。彼は、腐敗した存在というより無知な存在として描かれ、彼を囲むスタッフたちも同様に描かれるのである。


これは単純に誤りである。ドナルド・トランプは、30年ものあいだ大統領選出馬の機会を探っていた。1988年、2000年、2012年、2016年に、出馬一歩手前まで来るか出馬したのである。彼のキャンペーン・チームは、ロジャー・ストーンやポール・マナフォートのようなベテランの共和党工作員によって構成されていた。この二人はともにロシアによる介入への関与が疑われている。


代わりに、この本が読者に与える印象は、トランプはまぬけだ、というものだ。これは、彼の地政学的洞察力については真実であるかもしれないが、状況の全体像ではない。彼は果断に政策に無知で、移り気かもしれないが、彼は権力と印象操作(power and spin)を理解している。そして、彼の40年にわたる犯罪訴追逃れとメディア操作の歴史は、ある種のスキルを証明している。この手のスキルこそ、トランプ氏が——あるいはどうやらマイケル・ウルフ——が、目立たせたがらないものなのである。


ドナルド・トランプが、彼があなたにそう思わせたいと思っているよりも多くのことを知っている可能性は高い。そして、『炎と怒り』は、トランプ氏個人にとって屈辱的なものであっても、政治的には彼にとって有用なものであるかもしれないのである。

(※)訳文について不確かな箇所を断っておくと、「power and spin」(力と回転)とあるのは、トランプ氏の好きな(?)テニスになぞらえた表現なのかと思うが、慣用句的な用法があるのか定かでない。“spin”をここでは「情報操作」「印象操作」の意として解釈した。


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