Vice のビデオで、インディー・ゲーム・クリエイターのゾーイ・クイン(Zoë Quinn)が、制作中のゲームについて語った。ゲイ・ポルノ作家チャック・ティングル(Chuck Tingle)とのコラボレーションによるフル・モーション・ビデオ(FMV)の恋愛シミュレーション・ゲームである(“Project Tingler”と仮称されている)。
ビッグフットの海賊、ユニコーン頭のケツ警察“チャニング”など奇妙なキャラクターたちの登場する、思いっきりバカバカしくもエロティックなポルノ作品である、という。廃れてしまったジャンルとしての往年のFMVゲームと、ティングルの作品世界、この二つへのオマージュ的な作品となるようだ。
ゾーイ・クインは、「鬱」を扱ったインタラクティヴ・フィクション『Depression Quest』(2013)の作者で、『Jazzpunk』(2014)や発売予定の『2064: Read Only Memories』(2015年発売の『Read Only Memories』のリマスター版)では声優としても活躍するクリエイター。彼女は、この二年のあいだ、#Gamergate(ゲーマーゲート) として知られるオンライン・ヘイト・グループの第一標的として絶え間ない脅迫とハラスメントにさらされてきたことで知られる[1]。彼女は、この間の一連の出来事を自らの視点から綴った自著“Crash Override”を執筆中で、パスカル・ピクチャーズがこの本の映画化権を購入し、スカーレット・ヨハンソンがクイン役に興味を示した、と報じられた。
他方、チャック・ティングルは、少し前からネット上で一種のカルト・ヒーローとなっている人物。特徴的な表紙と奇妙なあらすじの Kindle 向けゲイ・ポルノを量産しているこの謎めいた作家は一部では早くから好奇の目を集めていたようだが、彼の名前がより広くニュース・サイトに取り上げられる最初のきっかけとなったのが、2016年度ヒューゴー賞へのノミネートである。ただし、このノミネートには、少しややこしい事情がある。
実はSF・ファンタジー界の名誉ある賞として知られるヒューゴー賞は、3年前から、Sad Puppies あるいは Rabid Puppies と名乗る右翼作家グループによるキャンペーンの攻撃にさらされており、会費を支払えば誰でも参加できる会員投票制度を悪用した組織的投票による撹乱が続いているのである[2]。
〈自分たちの作品が脚光を浴びないのは、SF界が進歩的なメッセージのある作品を好む連中に牛耳られているからだ(だが、投票先を予めリスト化して票を集中させればこれを覆せる)〉というのが、彼らの主張。そこには、個人的な言いがかりめいた怨恨とともに、作家・作品の多様化が進むSF・ファンタジー界へのバックラッシュとしての一面がうかがえる[3]。そして、このグループが2016年度に、自分たちの作品をノミネートさせる一方で、賞の権威を嘲る策として短編部門にノミネートさせたのが、ティングルの“Space Raptor Butt Invasion”(「スペース・ラプトル、ケツ侵入」)なのである。
ところが、はるかに上手だったのがティングルで、寝耳の水のノミネートをすぐさまパロディ作品にするとともに、「親友のゾーイ・クインに授賞式の代理出席をお願いする」と表明(悪名高い白人至上主義者に率いられた第二グループ Rabid Puppies が #Gamergate 支持層へ共闘を呼びかけることで台頭したことへのおちょくり)。クイン当人(もちろん互いに面識はない)から快諾を受けるとともに、その類稀なるユーモアを駆使した Puppies への果敢な反撃が、コリー・ドクトロウ、ジョン・スコルジーら著名作家たちからも称賛を集めたのである(受賞は逃すが、ティングルは、賞が悪意ある攻撃から守られたことを新作とともに祝福した)[4]。
ティングルはその後も、イギリスのEU離脱投票に際しては、愛の力で時空と排外主義とを乗り越える短編「ポンドにヤラれて―イギリスEU離脱の社会経済的含意によりゲイに目覚める」(Pounded By The Pound: Turned Gay By The Socioeconomic Implications Of Britain Leaving The European Union)を発表し、開票結果に悲嘆に暮れる『ハリー・ポッター』シリーズのJ.K.ローリングにツイッター上で言及されるなど、活躍を続けている[5]。
The book's real, the review's real and I've finally found something to laugh about in this whole terrible mess. pic.twitter.com/5r8yF9Fa2l
— J.K. Rowling (@jk_rowling) 2016年6月26日
そういうわけで二つのヘイト・キャンペーンとの闘いから思いがけず生まれた盟友関係の副産物が、この“Project Tingler”となるのだが、その内容は底抜けに明るそう。「愛は存在する」(“Love is real”が、ティングルの一貫したテーマ)ということを証明し、(未だに YouTube のコメント欄にわざわざ荒らしに来るような)憎悪にかられた人々を笑い飛ばすような痛快作となることに期待したい。
[1] #Gamergate(ゲーマーゲート)は、2014年8月に、クインの元交際相手の男が、彼らの短い交際期間中にクインが自作に対する報道を見返りにゲーム・ジャーナリストと肉体関係を持った、とする私怨に満ちた告発をネットに投稿したことを発端とする。その内容がYouTube動画などによって広められ、「ゲーム・ジャーナリズムにおける倫理(ethics in gaming journalism)」を求める運動との旗印のもと、ゲーム業界に関連する女性たちを主な攻撃対象とする一種のハッシュタグ・ムーブメントが展開された。まもなく、この元交際相手の告発は虚偽であることが証明され、草の根運動的な外見とは裏腹に一握りの集団によってコーディネートされた性格を持つ攻撃であったことも明らかとされたが、クインらへのハラスメントは止まず、グループは、〈フェミニストたちがゲーム文化を奪おうと画策している〉といった類の陰謀論のもと、新たなターゲットを順次追加しながら存続。報道やトラフィックの分析から、その支持者数はきわめて限られたものであると推測されているが、恰好の文化戦争(culture war)の舞台として(ゲームに縁のない)政治的保守派からの支援を呼び込み、いっそう醜い様相を呈しながら今に至っている。【2017/03/14追記 ゲーマーゲートの「顔」的存在となっていた人物マイロ・ヤノプルス(Milo Yiannopoulos)とその失墜について、別に記事を書いた。】
[2] このグループを批判する作家ジョージ・R・R・マーティンはブログで、1980年代に新興宗教のサイエントロジーが同じ戦略で教祖L・ロン・ハバードをノミネートさせたことがある、と指摘している。なお、去年のものだが、以下の渡辺由佳里氏のブログ記事が、彼らの動向・イデオロギーと、彼らに対する批判とを解説している。https://youshofanclub.com/2015/09/06/hugo-sad-puppies/
[3] 彼らの作品に実際に目を通したガーディアンの記者は、グループを「主に男性、ほとんど白人、圧倒的に保守的」と特徴づける。ちなみに、予想は付くだろうが、どれもこれも、凡庸の極みとだらしのない文章との見本市のような小説ばかりだそうだ。
[4] The Daily Dot が、ノミネート時と落選後のティングルの活躍をまとめている。
[5] http://www.vox.com/2016/6/27/12039778/chuck-tingle-brexit-porn-parody ちなみに、私もこの本ではじめて実際にティングル作品を読んだ。
【関連記事】(2016/10/29最終更新)
・「ゲーム『Project Tingler』は無料配信を予定、Kickstarterで愛の存在を証明したい人々の支援を募る 」