【ゲームレビュー】『Diaries of a Spaceport Janitor』:明るく陰鬱な、ワーキングプア・シミュレーター

作品名:Diaries of a Spaceport Janitor
開発元:Sundae Month
パブリッシャー:tinyBuild
リリース:2016年
PC(Steam にて購入

 ひょんなことから呪われ、浮遊するガイコツに付きまとわれることになる宇宙港の雑役係(janitor)を主人公とした、クリエイター曰く、「アンチ・アドベンチャー」。

 ゲームプレイも物語もいたって単純でありながら、好悪入り混じる印象含めて、語るのが難しい作品。愛おしく感じる部分、残念に感じる部分、ともにあるが、条件付きでオススメできる。

にぎやかな宇宙港の最底辺を生きる

 「ゲームプレイ」として見たとき、このゲームの中身は、《道端のゴミを拾い集めて、食料と薬を購入できるだけの金を稼ぐ》、の繰り返しに尽きる。もちろんそこに、「呪いを解く」というメインクエストが絡んでくるのだが、結局、内容的にはそれも、《ゴミを拾って金をどうにかやりくりする》、という作業の一環でしかないのである。

 「アンチ・アドベンチャー」という自己紹介に興味をひかれたが、何のことはない、メカニカルには、巷のRPGから、冒険(adventure)がなくなり、いわゆる繰り返し作業(grind)の部分だけがある、と考えればいいのだ。それも、間違っても「狩り」のような繰り返しではなくて、ガラクタの拾い集め、すぐにいっぱいになる荷物のやりくり(どれをキープしてどれを捨てるか)、ガラクタの売却、といった、なんだか『Fallout 4』あたりでもう一生分時間を費やしたのではないか、という感じの繰り返し作業である。
 昼夜のサイクルがある港町のマップを放浪して、ランダムに出現するゴミを携帯焼却炉で処分(あるいは価値のありそうなものをキープ、ないし買い手を見つけて売却)、露店や自販機で買い物するか、拾い食いするかして、空腹を癒し、さらに、後述の利用で必要となる薬を定期的に購入。焼却炉が電池切れになったら、自宅に戻って眠る。そして、また次の日。これがゲームの基本的な流れである。

 「ゲームプレイとしてそれが十分に魅力的といえるか?」という評価を一旦保留して言うと、この出口の感じられない単調なサイクルは、しかし、もちろん、はっきりと意図されたものだ。このゲームは、その日その日の賃金で暮らすことをプレイヤーに強いる、いわば「ワーキングプア・シミュレーター」なのである(ただし、ゲームオーバーは存在しないようで、いわゆるサバイバルではない)。

 物語は主人公が受ける「呪い」から始まるが、この「呪い」は、『ロード・オブ・ザ・リング』や『ドラゴンエイジ:インクイジション』のようなファンタジーの冒険の始まりの徴ではない。呪われなくたって、毎日食うのがやっとの生活なのだから、旅立っている余裕などないのである。

 タイトルが示すように、このゲームには日記が用意されている。しかも、それはプレイヤー自身がタイプして書き込むものだ。『Skyrim』の“Take Notes”という日記MODが大好きだった私は、最初、この機能に舞い上がりそうになったけれど、すぐにその残酷さを痛感せざるを得なかった。モノが買えず、逆にカツアゲされ、ゲロを吐きながら家路につく、というか家のなかでまだゲロ吐いてる、そんな終わりの見えないサイクルのなかで言葉を紡げ、とゲームがうながしてくるのである。自然とその内容は、陰鬱で、ときに怒りに満ちたものになっていき、なにより、書くことに困る日が続くようになっていった。

 そして、ここに加わるのが、「ジェンダーシフト」(gendershift)という、一風変わった仕組みだ。

「ジェンダーシフト」に込められた意味とは?

 「ジェンダーシフト」は、メカニカルにはいたって単純で、“You are starving”(「飢え死にしそうだ」)といった空腹を知らせるメッセージが出るのと同じように、定期的に“You feel uneasy”(「落ち着かない」)というメッセージが現れ、画面がゆらゆらと傾き始め、最終的には、画面上の文字まで頻繁に文字化けし始めるようになり、“gendershift”が必要だ、との新たなメッセージが現れる。そうなったら、“GENDER”との表示のある自販機へ向かい、販売されている四つの錠剤から一つを買って飲むと、新たなジェンダーを獲得し落ち着きを取り戻せる、というもの。

 この現象全体の含意についてゲームはとくに何も説明しようとしないが、主人公を見るなり“gendermorph”(「ジェンダーが変異する者」といったニュアンス?)あるいは“aggramorph”(“aggra”が何を意味するのか不明)などと、呼びかけてくるNPCがおり、どうやら主人公の種族“Alaensee”そのものが、ジェンダーを日々絶えず変転させる生物学的特徴のようなものを持っているようだ。
 となると、「では、なぜ薬が必要なのか?」という疑問も浮かぶが、見ようによっては、他のエイリアンたちと暮らすという社会生活上の要求のために、「ジェンダーシフト」という生得の性質を一定のあり方に矯正しているのかもしれない。

 重要なことは、生物学的にも文化的にも Alaensee のジェンダーの持つ意味は、私たちの社会におけるジェンダーと同様ではあり得ないし、この「ジェンダーシフト」の意味を、「男女」といった私たちのジェンダーをめぐる語彙で論じても意味がない、ということだろう。実際、変異する先のジェンダーも二つではなく、私たちには理解不可能なものばかりだ(なお、私は発売前の紹介記事で、“girlbeast”という主人公にあてられた肩書きを「亜人の女の子」くらいの意味だろうと早とちりして、「女の子」と意訳してしまっていたのだが、この“girlbeast”も、ゲーム内の変転するジェンダーの一つである)。

 この「ジェンダーシフト」が何を意味するのか、単なる悪ふざけとも思えずに調べてみると、Steam のフォーラムに書き込まれたプレイヤーの疑問に対して、クリエイターが返事を書いていた。
 ぎこちない訳文となって申し訳ないが、引用しておこう:

私自身(これを書いているのは James Shasha、ゲームのプログラマー、ツイッター上では@videoJames_)がたまたま、ジェンダークイア/ノンバイナリー(genderqueer/nonbinary)で、ジェンダーをめぐる私自身の心情をゲームにいくらか反映することを望んでいました。チームの複数のメンバーが、ノンバイナリー、トランスジェンダー(trans)、ないしジェンダーを未確定の人(gender nonconforming)なのです。

このゲーム内のジェンダーは、現実生活におけるジェンダーの機能の仕方を反映したものです(特定のいくつかの面が強調されてはいるだろうけれども)。ジェンダーは、私たちの社会では高度に病理学化されていて、ジェンダーについて安心を感じるためにはしばしば、高額な治療にお金を費やすか、絶え間ない精神的不安・肉体的違和感(dysphoria)——画面やテクストのエフェクトによって表現されるアレ——をなんとかやり過ごすか、することが要求されます。加えて、異星人ということでいえば、ヒトの社会的期待と結びつけられたジェンダーを持つことは全然意味をなさないわけで、だから、私たちはこれをなにか興味深そうなことをしてみるよい機会だと感じたのです。

 「ジェンダークイア」(genderqueer)とは、性自認が男女というカテゴリーの外側に位置する人々を総称する用語、「ノンバイナリー」(non-binary)とは、自分を男女という二項のどちらに該当するとも感じない人々を総称する用語である。大雑把に言えば、前者は後者を含むより幅の広い概念[1]
 「ジェンダーシフト」という、一見風変りな仕組みには、クリエイターたちが日常的に経験してきたジェンダーをめぐる切実な違和感が投影されているのである。

結論

 以上のように、カラフルで温かみのあるほんわかとしたアート・スタイルのなかに、なかなかヘヴィなテーマがストレートに込められた興味深い作品。では、ゲームとしてやってて面白いのか、というと、両義的な評価を下さざるを得ない。
 私自身は、各2時間ほどのセッションで数回に分けてプレイしたが、最初の3時間ほどのあいだはとても愛おしく感じていたものの、その後急速に魅力が失われるのを感じ、気分を持ち返してから最後の2時間ほどを一気に終えた。ラストにはなんとも言えないほろ苦さと切なさとがあり、最後までプレイしてよかった、と満足感のある一方、中盤の繰り返し作業に滅入ってしまったことは否めない。

 繰り返し作業が誘う絶望は意図されている体験であるだけに、評価が難しいが、単純にメカニカルな理由でストレスとなってしまっている面があるように思う。
 すなわち、「ジェンダーシフト」が頻繁過ぎて考えさせるよりもルーティン化してしまう、カツアゲで所持金を奪われると進行がリセットされたように感じられる(ちなみに、裏技?としてインベントリーを開くTabキーを押すことで会話を強制離脱できる)など、要するに、「ゲームっぽい」手間を必要以上に盛り込んで、コアの体験を損ねてしまっているのである。あるいは、ランダムなだけの値切り交渉、終盤に登場する迷路などは全く不要に思えた。マップがなく、各露店の場所を記憶困難なのも、個人的には不満点。

 逆にこのゲームが光るのは、たとえば、いつものようにゴミ収集に出かけて、フェスティバルの音楽に包まれている街に出くわす、そんな、なんでもない瞬間である。街の明かりと歌声とが誘う温もりと疎外感。そういった日常世界の一コマを作業の合間に見つける、そこにこのゲーム本来のおもしろさがあるだろう。
 謎の言語で歌われるフェスティバルの合唱には近くを通るたびに切ない気分にさせられたので、サントラが発売されたら購入したい。(【2016/10/16更新】bandcamp にて発売された!

 所要時間は、4-5時間で終えるプレイヤーもいるようだが、私はクリアまでに9時間要した。対応言語は英語のみ。聴き取りは不要だが、マップがなく、クエスト・ログが簡素なこともあり、それなりにすらすら読めないと楽しみづらいかと。


Diaries of a Spaceport Janitor - Trailer

[1] 「ジェンダークイア」と「ノンバイナリー」のニュアンスの違いについては、ここの解説(英語)が参考になる。なお、トランスジェンダーやインターセックスとの混同や、「自分を特別だと思いたがってるだけ」「混乱しているだけ」「性差の存在そのものを否定しようと企んでいるに違いない!」といった、ノンバイナリーをめぐる一連の誤解・偏見・神話については、こちらの英語記事が丁寧な解説を加えている。