【海外記事紹介】「歴史家ティモシー・スナイダー曰く、トランプがクーデターと民主主義の転覆を試みようとするのは『ほとんど避けがたいことである』」(Salon)

 紹介するのは、Salonの記事「歴史家ティモシー・スナイダー曰く、トランプがクーデターと民主主義の転覆を試みようとするのは『ほとんど避けがたいことである』」(Chauncey DeVega, "Historian Timothy Snyder: 'It’s pretty much inevitable' that Trump will try to stage a coup and overthrow democracy", Salon, 2017/05/02)。日本でも『ブラックアース』(慶應義塾大学出版会)、『ブラッドランド』(筑摩書房)の訳書がある、イェール大学の歴史学教授ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)へのインタビューをまとめた記事(私自身は聴いていないが、インタビューそのものもポッドキャストとして公開されている)。スナイダーは、ベストセラーとなっている新著『専制について:20世紀からの20の教訓』(On Tyranny: Twenty Lessons from the Twentieth Century, Tim Duggan Books, 2017)を下敷きに、アメリカの民主主義は専制への転落の危機状況にある、という持論を語っている。

「悪いことはもう起こらない」というおとぎ話

 以下、記事より抜粋。

——ドナルド・トランプの当選は、アメリカの民主主義にとっての危機です。どうしてこうなったのでしょう?

1989年に(冷戦の終わりとともに)歴史は終わったのだ、と言ってきたことの自業自得です。「悪いことはもう起こらない」と言うことで、私たちは実のところ、何か悪いことが起こるよう手招きしていたのです。

悪いことは起こらない、という私たちのおとぎ話は、人間の本性は自由市場であり、自由市場が民主主義をもたらす、だからすべては文句なしだ、というおとぎ話でもありました。もちろん、そのお話のすべての部分がナンセンスなのですが。古代ギリシャ人は、民主政は寡頭政をもたらす傾向がある、と理解していました。不平等を抑制する何らかの仕組みがなければ、金を持つ人々が権力を握ることになるであろうからです。

〔・・・〕トランプはそういう言葉を使いませんが、要するに「俺たちみんなが、これは寡頭政治だと知っている。だから、俺を君たちの寡頭政的独裁者(oligarch)にさせろ」と言っているのです。そんなのはナンセンスで、もちろん彼は詐欺師でいずれ皆を裏切るのですが、不平等の潮流のなかにあっては彼のような訴えかけがまかり通るのです。

——私は記事やインタビューで、ドナルド・トランプのことをつねに「ファシスト」として言及してきました。その主張に対しては多大な抵抗を受け取ってきています。あなたは、ドナルド・トランプをファシストと述べることは正しいと思いますか? あるいはそうでないとしたら、ドナルド・トランプを叙述するのに私たちはいかなる言葉を使うべきでしょうか?

アメリカ的な言説の問題の一つは、そうでないと証明されない限り誰もが友好的な民主的議会派の多元主義者だと私たちが決め込むことです。そして、そうでないことが証明された時になっても、それを表現する語彙を私たちは持たないのです。彼は「独裁者」だ、彼は「権威主義者」だ、彼は「ヒトラー」だ。こういった言葉をあれこれするだけなのです。


〔・・・〕私の見るところ、彼の手法にはいくつかファシスト的なものがあります。真実に対する真っ向からの対立はファシスト的世界観の中心にあるものです。諸制度を覆す手段として啓蒙を覆そうとする試み、これもファシズムです。

彼がそのことを理解しているかどうかは別の問題ですが、それがファシストのやったことでした。彼らは「事実について心配するな、論理について心配するな。その代わりに神秘的な一体性や神秘的リーダーと国民との直接的結合という観点から考えろ」と語った。それがファシズムです。〔・・・〕

もう一つトランプのはっきりとファシスト的な点は、集会です。彼の言葉の使い方、ぶっきらぼうな繰り返し、敵の名指し、反対者の物理的な排除、こういったものは実際、誇張なしに、全く1920年代や1930年代のようです。


——ニュース・メディアその他はどのように間違いを冒してきたのでしょうか? なぜ彼らはドナルド・トランプと彼の運動がもたらす脅威を過小評価してしまったのでしょう?

ビル・クリントン大統領時代からこのかた、私たちが陥っているのは、現状維持党と「システムをぶっ壊す」("undo the system")党という構図、すなわち、民主党が現状維持派の党となり、共和党が「システムをぶっ壊す」と叫ぶ党になった、という構図です。この布置においては、変化を考えることは極めて困難です。なぜなら、一方の党は、ほんのわずかな改善のみを求めて物事が今あるままであることを望んでおり、もう一方の党は、なにもかも取り消す、という大きな考えを抱いているが、しかし実際のところそれが何を意味することになるのか明らかでない、という状況だからです。ですから、誰一人として、今日の諸問題にどのように取り組むかをまるで語っていないわけです。その今日の諸問題のなかでも最大の問題が、不平等です。


——あなたは著書のなかで、ドナルド・トランプは、ヒトラーにとっての国会議事堂放火事件の彼自身のヴァージョンにあたるものを利用して、非常事態宣言を通じて自身の権力を拡大し、政府の全権を掌握しようとするであろう、という考えを論じています。それがどのように進展するとお考えですか?

二点だけ言わせて下さい。第一に、私は彼らがそう試みるであろうことはほとんど避けがたいことであると考えています。私がそう考える理由は、支持を受けるための通常の方法が彼らにとってうまくいっていないからです。この国で支持を受ける、あるいは政権の正統性を保持する(to be popular or to be legitimate)ための通常の方法とは、何らかの政策を持ち、支持率を伸ばし、選挙に勝つ、というものです。私は、この通常の筋道に沿った場合、2018年〔訳注:次の中間選挙の年〕が共和党にとって明るいものに見えているとは思いません。それは、大統領が記録的レベルで不人気だから、というだけではなく、ホワイトハウスも議会も国民の大多数が気に入るような政策を持っていないからです。

このことは、彼らが支持を受ける政策や選挙のサイクルには頼らない、政治の新たなリズムに手を染めるという考えに誘われ得ることを意味します。

〔第二に、〕それが成功するかどうかは、何かひどいことがこの国に起きたときに、その事態の重要性は将来私たちが多少なりとも自由な市民でいられるかどうかというところにある、と私たちが気がつくかどうかにかかっています。

私の直感は、トランプと彼の政権はクーデターを目論み、そして失敗するだろう、と告げています。それは私たちにそれだけの力があるからというよりも、備えるだけのわずかな時間が私たちにあるからです。


最も重要なことは、こうした時においてあなたの行動は本当に大きな意味を持つ、と気がつくことです。皮肉なことですが、権威主義体制への転換という状況において、個々人は民主政におけるよりも重要な役割を持ちます。権威主義体制への転換において、その初期段階では個々人は特殊な力を持ちます。なぜなら、権威主義体制はある種の同意に依拠するからです。そのことが意味するのは、もしあなたが自分の置かれている瞬間に意識的であり、同意を表明しない術を見つけるならば、わずかながらの防壁となる術を見つけることができる、ということなのです。十分なだけの人々がそのことをするならば、本当に大きな違いが生まれます。しかし、繰り返せば、それは初期段階においてのみ可能なことなのです。

私たちはまだ抗議活動が非合法でない段階にいます。私たちはまだ抗議活動が死につながらない段階にいます。二つの大きな超えられてはいけない線です。

「ポスト真実はプレ・ファシズムである」

 トランプを「ファシスト」と呼ぶべきかどうかは、「トランプはファシストではない、右翼ポピュリストである」と明言する別のヨーロッパ現代史研究者の見解を以前紹介したように、微妙な論点である。上の記事でのスナイダーも、「ファシストかどうか、というあなたの質問への答えをはぐらかすつもりはない」と言いつつも、〈はっきりとしたファシスト的要素が見られる〉という言及に留めている。

 ただ、それでも、スナイダーが自身の論点としてメディアの取材に対して繰り返し強調しているのは、「ポスト真実はプレ・ファシズムである」(“Post-truth is pre-fascism.”)ということだ。トランプ現象を特徴づけている、あからさまな事実の軽視・否定は、ファシズムの経験を振り返る時、深刻な含みのあるものとして映る、というのである。

 AlterNetのインタビュー記事より:

ファシズムはまさしく、啓蒙全体を脇へと追いやり、どのようなものであれ台頭した神話を売り込むというものでした。それらの(民族的)神話がどのようなものとなるかは予測困難で、それぞれの国、それぞれのリーダーその他の条件次第ですが、事実を脇へと追いやる、ということが、実際のところ最も手っ取り早い触媒なのです。

 こうした「プレ・ファシズム」(pre-fascism)はひとたび「非常事態」という状況を得れば、いわばガチのファシズムとして民主主義の転覆に走り得る、というのが彼の見立てである。ここで民主主義の転覆とは、〈投票は依然として行われるが、個人の権利は制限され、法の支配が失われた状態への転落〉というものが想定されている。

 Voxのインタビュー記事より:

ですから、私はトランプが1920年代のファシストとそっくりそのものだとは言いません。ただ、これは新しい現象ではない、と言うのです。


たとえば、ファシズムを生き抜いた人々は、政府がテロリズムや過激主義について語る時、あなたは警戒しなければならない、ということを知っています。なぜなら、これらはあなたの権利があなたから奪われようとするときに聞く単語だからです。


もしまた新たなテロ攻撃がアメリカで起きるならば、残念ながらそれはかなり起こり得ることなのですが、私たちはその次に来るものに対して警戒しなければなりません。なぜなら、その時こそが権利が失われ、体制が変化する瞬間なのですから。〔・・・〕

私たちは、私たちの本物の自由を偽りの安全意識と交換することなどできないのです。


【追記】(2017/07/24)

 On Tyranny は、7月に『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(池田年穂訳、慶應義塾大学出版会)として邦訳が刊行された。

【訂正】(2017/05/31)

 インタビュアーの発言中に“Hitler’s Reichstag fire”とあるのを「ヒトラーによる国会議事堂放火」と訳しておりましたが、スナイダーは、ヒトラーによる事件の政治利用を論じているのであって、放火そのものについてナチスによる陰謀説を取っているわけではないので、「ヒトラーにとっての国会議事堂放火事件」と訳文を訂正します。『専制について』のなかでは、「誰がその夜、火を放ったのか? 我々はその答えを知らないし、そして実際のところ重要なことではない。重要なことは、このスペクタクル的なテロ行為が非常事態の政治を発動させたことだ。」(p.104)と記されています。

 最初の文面では『ブラックアース』『ブラッドランド』の訳書の発行元について「(ともに筑摩書房)」と記載しておりましたが、『ブラックアース』は慶應義塾大学出版会刊行でした。訂正いたします。

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