過ぎ去らない過去
本日のフレーズ:
Henry: I shouldn't be out here.
Delilah: Yes, you should.Henry: No, I just ran away from my problems.
Delilah: No, you didn't. We all fuck up.
(Firewatch, Campo Santo, 2016)
1989年、アメリカ・ワイオミング州のショーション国立森林公園(Shoshone National Forest)を舞台に繰り広げられる、3D一人称視点のミステリー・アドベンチャー・ゲーム『Firewatch』(ファイアウォッチ、2016)より。森林火災監視員となった主人公の男性ヘンリーと無線越しに彼に指示を与える上司の女性デライラとの会話。
スラング(俗語、卑語)はあまり取り上げないつもりだったが、よく耳にする表現であるとともに、作品中でも印象に残る会話の一つだったので、ピックアップ。と言っても、最初のセリフは選択肢の一つなので、すべてのプレイヤーが聞く会話ではなさそう。
非英語ネイティヴの日本語話者として、このやり取りでまず目につくのは、“yes / no”の使われ方かもしれない。“yes / no”を日本語の「はい/いいえ」と対応させてはいけない、というのは、確実に教わる事項だろうけれど、このやり取りはその点が分かりやすい実例だろう。ここでの“yes / no”は質問文に対する答えとしてではなく、相手の断定に対する不同意として用いられている。すなわち、“I shouldn't be out here.”(「僕はここにいるべきではない」)と語るヘンリーに対して、デライラが“Yes, you should.”(「いいえ、あなたはここにいていい」)と述べ、ヘンリーがそれを否定して“No, I just ran away[...]”(「いや、僕は逃げてきただけなんだ」)と再び自身を責めると、デライラが“No, you didn't”(「いいえ、あなたは逃げていない」)と応じている。
そして、今回のフレーズ、“fuck up”。普通の英和辞典を引いても、「だいなしにする」「へま」といった訳語が出てくるが、何気なしにクラウドソース型オンライン辞書サイト(?)Urban Dictionaryを検索すると、最人気の「トップ定義」として、「ジョージ・W・ブッシュの大統領職についてのほぼ正確な説明」(Pretty much an accurate description of the Presidency of George W. Bush.)というものが出てきた。「経済、『どの子も置き去りにしない法』、イラク戦争、予算、減税などはすべてブッシュの数々の fuck up の事例である。」という「例文」までついている(2017/05/14アクセス)。
(※)「どの子も置き去りにしない法」あるいは「落ちこぼれゼロ法」(No Child Left Behind Act)とは、賛否を呼んだ2002年成立の教育改革法。2015年に民主党オバマ政権のもとで共和党の多くからも支持を受けるかたちで撤回され別の法に取り換えられた。(参考:Wikipedia英語)
ということで、名詞または動詞として、修復困難な厄介な状態を残すような失敗をすることを指して使うのが“fuck up”ということになるのであろう。このシーンでは、“We”を主語として現在形の動詞として用いられている。似たような言い方で、たとえば“We all make mistakes.”(「誰にでも間違いはあります」)といった表現が考えられるが、これと比較すると、“fuck up”では本人や周りにとって傷として残るような過ちのことが語られているのが分かる。もちろん、デライラは「私たちみんな、大義のない戦争や富裕層優遇減税に踏み切って国家予算も赤字化させちゃうものなのよ」などと述べているわけではないが。
ちなみに、書きながらヘンリー役声優のツイッターを興味本位でのぞいたところ、ドナルド・トランプ現大統領の過去のツイートを皮肉としてリツイートしているのが真っ先に目に飛び込んできた。
It's almost like the United States has no President - we are a rudderless ship heading for a major disaster. Good luck everyone!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2014年3月20日
まるでアメリカには大統領が存在しないかのようではないか——我々は大きな災厄に向かって突き進む舵取りのいない船である。諸君の幸運を祈る!
“fuck up”の「トップ定義」が変わる日も近いのかもしれない(その日までアメリカと世界が無事であれば、の話だが・・・)。
私的訳文:
ヘンリー:僕はこんなところにいるべきじゃないんだ。
デライラ:ううん、そんなことない。ヘンリー:いいや、僕は自分の問題から逃げてきただけなんだ。
デライラ:ううん、そんなことない。私たちみんな救いがたいヘマをやらかすのよ。
セリフのなかに漂う感情
「ミステリー」と言っても、『Firewatch』は、プレイヤーが謎解きを行うゲームではない。森に囲まれた監視塔で一人寝起きするヘンリーが、離れた別の監視塔にいるデライラから無線で指示を受けながら監視員の仕事をこなしていくなかで奇妙な出来事に遭遇し始め、「自分たちは何者かに監視されているのでは?」と疑いを深めていく、というのが大まかなプロット。「これは誰かの陰謀なのか? それとも自分が正気を失いつつあるのか?」というパラノイア、その底にある孤独や絶望、そしてその葛藤のなかでのヘンリーとデライラの関係が、一人称視点と無線越しの会話システムとを通じて描かれる、物語重視の一作である。プレイ所要時間は、4~5時間ほど。
Firewatch - September 2016 Trailer
画面に姿の映らない、そして作中でも実際に顔を合わせることのない二人のキャラクターの会話がセリフのほとんどを占める、声の演技の光る一作。ヘンリー役のリッチ・ソマー(Rich Sommer)はテレビ・映画で活躍する俳優で、IMDbによるとゲーム出演は『L.A. Noire』(2011)以来の2作目。他方、デライラを演じたシシー・ジョーンズ(Cissy Jones)は、『The Walking Dead』(2012)、『Life Is Strange』(2015)、『Fallout 4』(2015)などゲームの仕事を多くこなす声優で、IMDbにも『Fallout』シリーズのピップ・ボーイをつけてポーズを取った写真が載せられている。彼女は、本作で2017年度英国アカデミー賞ゲーム部門(BAFTA Games Awards 2017)の演技賞に輝いた。また、ヘンリーがパトロール中に遭遇するティーンエージャーの女の子二人組の片方を、この前紹介した『Oxenfree』(2016)の主演声優エリン・イヴェット(Erin Yvette)が演じている。
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