【ゲームの英語】『The Witcher 3』:"Mine could do a lot more."

お父さんはいまここにはいないけれど・・・

 本日のフレーズ:

Gretka: My, you're brave. My father couldn't even do that!

Ciri: Heh. Mine could do a lot more.

(The Witcher 3: Wild Hunt , CD Projekt Red, 2015)

 オープンワールドRPG『The Witcher 3: Wild Hunt』(ウィッチャー3 ワイルドハント、2015)より。魔物狩りのプロフェッショナルである「ウィッチャー」、ゲラルト(Geralt)を主人公とするダーク・ファンタジー。ポーランド語の小説を原作とする、ポーランドのスタジオ・販売元による作品なので、厳密に言うと「英語のゲーム」とは言いにくいが、英語版から。私は、購入当初は全く序盤で途中放置してしまって、最近ようやくプレイし始めているのだが、最初のエリアを終えるあたりからグイグイ面白くなってきた。

 主人公ゲラルトは、かつて自身が養育していた少女シリ(Ciri)の行方を追うなかで、その手がかりを知る人物にたどり着く。そして、その人物との会話シーンの途中で、シリを操作キャラクターとするフラッシュバックが挿入される。上の引用は、そのシークエンスのなかで、森で迷子になっていた少女グレッカを狼の群れから救ったシリがグレッカと交わす会話である。

 グレッカのセリフの最初の“My,”は、「おやまぁ」といった感嘆詞。“Oh, my.”あるいは“Oh, my God.”などと書かれたほうが馴染みがあるかもしれない。

 二人のセリフで繰り返される“could”は“can”(~できる)の過去形だが、ここでは過去の意味ではなく、「~できるかもしれない、~できるだろう(に)」と、「現在〔未来〕における能力・可能性を控えめに表す」仮定法として用いられている(杉山忠一『英文法詳解』学研、1998年、p.356)。この“could”を否定文で用いて「私のお父さん(my father)でもあんなことはできないかも」と無邪気に述べるグレッカに対して、シリが一瞬苦笑して(“heh”)、「私の」(mine)がもし同じ場面にいたら、もっと多くのこと(a lot more)をできていたと思う、とつぶやいている。グレッカの“my father”を受ける形で、所有代名詞の“mine”が主語に用いられている。

 私的訳文:

グレッカ:わあ、あなたって勇敢なのね。うちのお父さんでもあんなことできないわ。

シリ:はは。私の父さんはもっとすごいことができるのよ。

セリフに頼らず関係を物語る

 それまでのストーリーを追っているプレイヤーには、シリの口から出た“mine”がゲラルトのことを指すと容易に推測がつくが、続く場面では、モンスターに殺された人の死体を見つけたシリがゲラルトを思わせる手つきで検死を始める。検死を終えて、その敵にふさわしい対策に取り掛かろうとするシリを見て、少女が再び感嘆の声をあげる。

グレッカ:あなたって物知り! どうしてこんなに色々知っているの? お父さんに教わったの?

シリ:ううん。父さんじゃなく、伯父さんから。ヴェセミル伯父さんから教わったの。

Gretka: You're smart! How do you know these things? Did your father teach you?

Ciri: Not my father. My uncle. Uncle Vesemir.

 ゲラルトの名は一度も出さないまま、もう一人の師匠的存在を「伯父さん」と言及させることで、彼女が誰のことを「父」として語っているのかがプレイヤーに改めて明示されるのである。

 教科書的な手法と言えるが、効果的な場面。ゲームならではの演出としては、プレイヤーにシリを操作させることで、シリとゲラルトを二重写しにさせつつ、同時にまた、彼女の人間離れした能力を明示し、その上で、その大人になったシリがゲラルトをどう記憶しているのかを短いセリフからうかがわせているところが興味深い。「いや、うちのゲラルトさんは、狼に追っかけまわされて近隣の村人に迷惑をかけていましたが・・・」とか頭の隅で困惑しつつ、ドラマチックな展開に引き込まれていく、そんな場面。

 あるいは、もう少しカメラを引くと、このフラッシュバックは、シリに関する情報と引き換えに、その情報を握る人物の行方不明の妻と娘を探すことを依頼される、というクエストのなかに組み込まれており、そしてまた、そのクエスト自体が、シリの実父である権力者がゲラルトを呼び出してシリの捜索を命じる、というメインクエスト内のサブクエストとして位置づけられている。ゲーム内のジャーナルのシリの人物紹介には、シリーズの語り部である吟遊詩人ダンデライオンの言葉として、〈ゲラルトの養女であるが、それ以上のものであり、彼にとっての運命(Destiny)である〉といった趣旨が記されている。この「運命」とも評されるメイン・キャラクター二人のつながりが、家族や血のつながりをめぐる、陰影に富んだクエストの配置のなかで語られていく作りとなっているのである。

 ゲーム自体、会話シーンにはっきりと重点のある作品だが、必ずしもカットシーンやセリフだけではなく、メカニクスやクエストの構造を通じて多くを語っているところに注目したい。

 身分差や地域差をめぐる言葉遣いや訛りの演出が多く、作品世界の用語も少なくないので、決して聴き取りやすい英語、読みやすい英語ではないが、饒舌過ぎず、しかし密度のあるセリフの楽しめる一作。

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