トランプの勝利、そして誰かが「オバマを殺せ」と叫んだ

 ドナルド・トランプのアメリカ大統領選勝利について真っ先に知るべきことは、彼の勝利演説の最中、支持者が「オバマを殺せ!」(Kill Obama!)と叫んだ、そのことに尽きると思う。


Donald Trump speaks after being elected President of the United States

 トランプ氏の隣で退屈そうにウトウトしていた彼の息子がビクッと反応している。トランプ氏にも聞こえたはずだろう。泣く赤ん坊を連れた母親から、抗議者、抗議者と間違われた黒人支持者まで、気に入らない人物を会場から追い出すよう壇上から繰り返し命じてきたトランプ氏だが、支持者の暴言にはいつも寛大だ。ま、彼自身が、「自分が勝利したらヒラリーを牢にぶち込む」と公言していたのだから、驚くには値しないが。

 トランプ支持者とは、一貫して、こういう人たちだったし、こういう人たちのふるまいを多かれ少なかれ「まぁ、オーケー」と考える人々のことなのだ。そう言うのは冷酷だろうか。だが、少なくとも、「オバマを殺せ!」と叫ぶような支持者たち自身は、トランプ勝利をそういうメッセージとしてはっきり受けとめているし、トランプ氏自身、彼らに届いたメッセージを「誤解だ」と訂正してこなかったし、今回もしていないのだ。

「トランプ勝利からたったの1日、米国内ではマイノリティへのヘイトクライムが吹き荒れる事態に」(Buzzap!)
「KKK、トランプ氏当選祝うパレード計画 共和党は非難」(CNN)

 多くの人々がこの選挙結果にショックを受けたのは、「トランプ支持」というかたちで示された、「差別と不寛容と暴力はオーケーなのだ」というそのメッセージに対してだろう。個人的には、俳優ジェフ・ゴールドブラムの、うちのめされながらも、このショックから何を学ばなければいけないか、次にどう行動できるのかを積極的に考え語ろうとする姿が印象に残った。


Jeff Goldblum: I Won't Be Uninspired After This - The Late Show with Stephen Colbert

自分にとって嫌悪感や憤りの対象となる人物をじっくり見るとき、ふと、自分がその人に対して憤りを覚える理由は、自分自身のなかに同じ人格の要素がないかを顧みなければいけなくなるからなのかもと気がつく。
僕は、この出来事のあとにシラケていたくない。「僕の側が負けたなら、なにもかも完全に時間の無駄だった」なんて僕は言いたくない。僕に言わせれば、そんなのは愚かなふるまいだ。

 ジェフ・ゴールドブラムといえば、数か月前のイギリスEU離脱(Brexit)の主唱者であった保守党ボリス・ジョンソンと独立党(UKIP)ナイジェル・ファラージ、そして今回のアメリカ共和党のドナルド・トランプと、こぞって「これは我々の独立記念日だ!」と映画『インディペンデンス・デイ』のビル・プルマン大統領を引用している。二人のデマゴーグの先例にならって、トランプ氏も、勝利と同時にそそくさと逃げ出さないものか、と思ったりもするが、副大統領候補は、進化論・中絶・同性愛に敵対してきたゴリゴリの宗教保守(evangelical Christian)のマイク・ペンス、正直、どっちがもっと危険か分かったものではない。

 選挙前、 ピューリッツァー賞受賞歴を持つアメリカ史研究者エリック・フォーナー(Eric Foner)は、「世論調査によれば、85%の共和党支持者はトランプに投票するとしている。つまり、彼は、多くの点でメインストリームの共和党候補なのだ」「トランプは共和党がこの数十年間やってきたことの論理的帰結だ」と指摘していた。公民権運動の成果(=人種差別の撤廃)に対する怨恨につけこんだ白人層の取り込み、メディアに対する攻撃、そういったものは1969年から74年までのあいだ大統領を務めたリチャード・ニクソンの時代にまでさかのぼる、と。

 なので、この悪夢は何かの間違いでもなければ、簡単に過ぎ去りそうにもないが、女優のアナ・ケンドリックがツイートしたように、これを「悪夢」と感じているのは自分ひとりではない、というその事実にまだ大きな希望があるのかもしれない。

悪夢を見たような気分で目が覚めて、で、また泣き始めちゃった。呪文:私はひとりじゃない、私たちはひとりじゃない。


【2016/12/16更新】リンクを貼っておいた“Kill Obama!”の場面を抜き出したビデオが削除されていたので、引用元であったSky Newsの勝利演説ビデオの該当箇所にリンクを差し替えた。