ゲーム『Virginia』(2016)について、ネタバレのストーリー解説を書いたが、書きそびれたことや気にかかったことなど少なくなかったので、元の記事につけ加えると煩雑になりそうな補足的な情報や雑感をこちらに順不同で並べておく。前提として、先に前記事での私の作品解釈に目を通して頂けると幸いである。
以下、当然ながら、ネタバレを含むのでご注意。
(なお、ネタバレ抜きのレビューはこちら。)
ルーカス少年は結局どこへ?
ルーカスの行方について、アン/プレイヤーに決定的な情報は与えられていない。ゲームから得られる情報は、
- 残されたノートや写真から、ルーカスが空軍施設近くの原っぱと洞窟を訪れ、写真を撮ったり絵を描いていたことが分かる。
- 写真・イラストから察するに、彼がフェンスを乗り越えて空軍施設の敷地内に侵入していた可能性が高い。
- ノートのイラストには、空軍施設の上を飛ぶUFO、洞窟の奥に立つグレイのようなシルエットを描いたものが含まれている。
- 少年二人、少女一人の不良グループはアンとマリアの捜査が気に食わないらしい。
- ルーカスの父は、彼が不良グループの少女と一緒にいるところを撮られた写真のフィルムを書斎のデスクに保管していた。
- アンとマリアの捜査中、“Emenegger”という名の空軍高官がなぜかFBI施設に出入りしている(エレベーターで遭遇)。空軍基地横の洞窟内での事故後、アンとマリアのもとへこの高官が見舞いに現れる。
といったところだろう。彼の父親と家庭をめぐる問題を除けば、状況証拠として特筆すべきものはない。妄想を思い切り働かせれば、ルーカスは空軍施設に隣接するあの洞窟に出入りして絵を描いたり写真を撮ったりするなかで、何か見てはいけないものを見るか、敷地内に入り込んだところを見つかるかして、軍に拘束ないし殺害された(それを軍がもみ消している!)、といった推論を述べることも可能だろうが、あくまで妄想の域を出ない。
私としては、作中で語られていないことについて妄想を押し広げるより、作中ではっきり語られていることについてごく普通の想像力を働かせることがこの物語を理解する鍵だと思う(たとえば、「薬物を飲み込んだから幻覚を見ている」とか、普通に解釈すればいいのである)。ということで、ルーカス少年の行方はアンにもプレイヤーにも分からない、と考えるのが妥当である。
「マッカラン」という名前
アンの上司の「マッカラン」(McCarran)というアイルランド系と思しき名字が気にかかっていたが、これはひょっとすると、〈マッカラン自身も出自において被差別の歴史を持つマイノリティ〉という言外の含みだけでなく、より直接的に、1950年代の「マッカラン国内安全保障法」(McCarran Internal Security Act)と「マッカラン‐ウォルター法」で名を残した上院議員パトリック・マッカラン(Patrick McCarran)へのあからさまな言及なのかもしれない。
有賀夏紀『アメリカの20世紀(下)』(中公新書、2002年)という本を読んでいたら、いわゆる「赤狩り」についての解説のなかで、FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーとマッカラン国内安全保障法とが並んで登場して、おやっ、と気づかされた。
ウィキペディア(日本語・英語)の記述をざっくり受け売りすると、「マッカラン国内安全保障法」(1950)は、マッカーシズムの時代に制定された、「共産主義者」の登録義務付け制度で、「マッカラン‐ウォルター法」こと「移民国籍法」(Immigration and Nationality Act of 1952)は、移民の出身国別割り当てを規定すると同時に、国内安全保障法に従って「危険」と判断された外国人の追放・入国拒否について強力な権限を政府に与える法である。いずれもトルーマン大統領の拒否権発動を議会が覆すかたちで採択されたそうだ。
ゲーム『Bioshock Infinite』の白人至上主義者の空中都市コロンビアには「有色人種/アイリッシュ専用」(Colored/Irish)トイレが出てくるが、実際の歴史において、アイルランド系移民はいわゆるWASPのアメリカ人から差別・排斥の対象となってきた過去を持つ。と同時に、「白人」として同化が比較的容易であっただけに、非白人排除の先頭に立つケースも見られたという(有賀夏紀『アメリカの20世紀(上)』中公新書、2002年、47-49頁参照)。
なお、ゲーム『Fallout New Vegas』に登場する「キャンプ・マッカラン」こと、実在の「マッカラン国際空港」は、このパトリック・マッカラン議員にちなんで名付けられているとのこと。
マイクロフィルム資料全訳
これまでの記事でもやんわりと触れたが、残念ながらSteam版の公式の訳文には、省略や誤訳が散見される。参考までに、作中の三つのFBIマイクロフィルム資料に記された文章について私の訳文と原文(虫食い箇所については前後から推測して[]内に補った)とを載せ、コメントを付す。
1968年6月18日火曜日
米国司法省
FBI局内広報我らの一人を称えて!
局の採用した敏腕の女性捜査官の一人、卓越した特別捜査官ジュディス・オルテガに対して、ホリストン‐レイデッカー事件解決における並外れた働きを称えてFBIの名誉勲章が本日授与された。
FBIに勤務するあいだ、この若き妻にして一児の母は、同年代の婦人たちのあいだで際立った水準を示してきた。記者は、オルテガ夫人が、法を順守する有色人種女性にとってのロールモデルとしての地位を瞬く間に確立しつつあるもの、と感じる。
アルバート・オルテガ氏は、彼自身の道徳心が妻の功績にも反映されていると考える、と語った。
フーヴァー長官の参列はなかったが、長官は局の働き全体に励まされている、と伝えられている。局内閲覧限定
Distinguished special agent Judith Ortega, one of the Bureau's intake of go-getting female agents, was today awarded the FBI Medal for Meritorious Achievement for her extraordinary work cracking the Holliston-Leidecker case. During her time with the FBI, the plucky young wife and mother of one has set a high water mark amongst her lady contemporaries. This reporter feels Mrs. Ortega is fast establishing herself as a role model for law-abiding colored women everywhere. Mr. Albert Ortega said he saw his moral influence reflected in his wife's achievement. Director Hoover was not in attendance, but is said to be encouraged by the work of the Bureau at large.
For Bureau Circulation Only
最後の一文が公式の訳文では「フーバー長官の参列はなかったが、局にとって広範に渡って励みとなる授与だと語った」となっているが、これは“is said to be...”(・・・といわれている)という受動態を無視した明白な誤訳であろう。この初歩的誤訳によって、フーヴァーが「局の働き全体(the work of the Bureau at large)」についてのみコメントを間接的に伝えることで、ジュディスの功績を認めることを拒んでいる、という言外の含みも失われてしまっている。
なお、この記事は、はっきりと侮辱的というか、性差別的なトーンを全体として帯びている。ジュディスは捜査官として勲章を授与されながらも、その活躍は、あくまで女性、とりわけ非白人女性が見習うべきものとして、妻・母という期待される役割にも結び付けられ、挙句、彼女の活躍に対してなぜか夫が権威を持つのである。ここで「オルテガ夫人」(Mrs. Ortega)として言及されるジュディスが、自宅に「Ms. J. Ortega」という表札を晩年掲げていた(その部屋にマリアが住んでいる)、というあたりも示唆的。
エドガー、つい先日もお伝えしたばかりの件だが、裏ルートから私のところへ届く例のオルテガ特別捜査官に関する新しい情報について書き送る。
このオルテガという女は、陰謀やありもしない倫理指針違反について大胆な主張を繰り広げ続けており、もしも彼女の偽りの発見が社会一般に知れ渡った場合、どのように解釈されるかと私は懸念している。
君の、私の、そして局の名声が守られなくてはならない。コードはそれを理解しており、私はこの慎重な注意を要する案件についての彼の協力を評価している。
応用科学課の承認を受けてのものではあるが、オルテガが「非従来的手段」を好む傾向があることは局内で周知のことである。もし関与の否認が問題となる場合は、これが我々にとって有利なものとなるのでは、と私は思う。
君の勧めるやり方に従って、この活動をやめさせ、オルテガ捜査官の詮索好きをより生産的な方向にそらせるようにしよう。だが、もしこの女の不必要に熱心なふるまいが続くようなら、我々はさらなる手段をとることを強いられるだろう。Edgar, further to our recent correspondence, I am writing regarding new information reaching me through back channels concerning the aforementioned special agent Ortega. The Ortega woman continues to make wild allegations regarding conspiracy and supposed breaches of the ethical guidelines and I am concerned how her spurious findings might be interpreted were they to reach the public at large. Your reputation, mine and that of the Bureau must be safeguarded. Cord understands this and I value his cooperation in this sensitive matter. It's common knowledge internally that, whilst sanctioned by Applied Sciences, Ortega has a predilection for "unconventional methods". I feel this could be turned to our advantage were deniability to be an issue. Have taken your recommended steps to su[p]press this activity and divert Agent Ortega's inquisitiveness into more productive avenues. But if this woman's over-enthusiastic behaviour persists we shall be forced to take additional measures.
訳文では、最後の一段落が完全に省略されている。「さらなる手段」というのが、どう解釈されるべきなのか、少し気にかかるところ。一周プレイしてから読むと、マリアのアパートで目にする医療用ベッドや階段昇降機の存在がどうしても頭によぎるのである。
1968年に「若き妻」と語られていたジュディスが、作品の舞台となる1992年までには亡くなっており、その晩年(おそらく50代)にはあの部屋で目にするような一式を必要とする身体になっていた、というのは、たまたまなのか。なにか直接的な危害からではなく、停職とそれに続く仕打ちによる社会的孤立や経済的困窮のなかでなにか病気を患った、という憶測も可能だが。
日付:1972年12月7日
調査期間:72年6月~72年11月
報告作成者:特別捜査官C.マッカラン
広範囲にわたる不法行為、FBI研究所所有物の不正使用、規制物質に関する倫理規定違反、命令不服従などの疑いにより、特別捜査官ジュディス・オルテガは、5カ月にもおよび司法局の極秘内部調査の対象となってきた。
本調査結果は、オルテガ捜査官がすべての点において告訴されるべきものである、と結論するものである。
我々は、彼女を即刻、無給の停職処分とし、正式な裁きがなされるまで彼女の特別捜査官の地位を無期限取り消しとすることを勧める。
Under suspicion of gross misconduct, misuse of FBI laboratory property, breach of the ethical standards regarding prohibited use of controlled substances, [and insubordination], Special Agent Judith Ortega has been the subject of a covert investigation for a period of no less than [5 months]. [The] findings of this investigation are that Agent Ortega should face charges on all [accounts]. [It is] our recommendation that she should be suspended immediately without pay [and her] Special Agent status should be [revoked] indefinitely pending a formal [tribunal].
調査期間は6月から11月と書かれているのに、公式の訳文ではなぜか「約3ヶ月の間」となっている。理由は不明。
今回訳出するまで気がつかなかったが、FBI長官として君臨し続けたジョン・エドガー・フーヴァーが死去したのは調べると72年の5月で、その翌月から、という調査期間の設定は興味深い。フーヴァー亡きあともなお、フーヴァーの作り上げた権力機構(=アメリカのなかの「非アメリカ的」な分子を監視・選別しようという欲望)が闇で動き続ける、という作品のモチーフが一見些細な日付に込められている、と言えよう。
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