【ゲームレビュー】『The House Abandon』

作品名:The House Abandon
開発元: No Code(公式サイト
リリース:2016年
PC(itch.io にて無料配信

 Kotaku の紹介記事から興味を持ってダウンロード。72時間のゲーム・ジャムで制作されたという、ホラー・テキスト・アドベンチャー・ゲーム。
 四人チームを率いるジョン・マッケラン(Jon McKellan)は、『エイリアン アイソレーション』(2014年)のデザイナーとのこと。

 ゲーム・ジャムの主催側から与えられたテーマ“Ancient Technologies”(旧式の技術)から、レトロ・コンピュータ=レトロ・ゲーム=テキスト・アドベンチャー、と連想を膨らませてマッケランがたどり着いたのが、ゲームのなかのレトロ・コンピュータでプレイするテキスト・アドベンチャー、というメタフィクション的なコンセプト。それがどのようにしてホラーとして展開されているか、が本作の見所。開発元による紹介文には、「80年代のテレビのホラーのスタイルで展開される、心理的ホラー」(a psychological horror, by way of 80s TV horror)とある。
 ゲームは、シンプルながら細部にまでこだわりを感じさせる画面と音とによって構成されている。変わらない画面構図と、繰り返される音楽とが、微妙な変化を強調し、展開を効果的なものとしているのである。

The House Abandon - Trailer

 最初に断っておかなければならないこととして、私は、コマンド入力式のテキスト・アドベンチャーをプレイするのは、記憶する限りこれが人生初めてだ。もちろん知識としては知っていたし、実際にYouTube上で人のプレイ動画を飛ばし飛ばしに眺めたこともあったが、独特のインタラクティヴ性に感心しつつも、「歴史的資料」という以上の興味を出ることはなかった。
 あるいはもう少し視野を広げると、初代『Fallout』(1997年)や、比較的最近のものでは『Wasteland 2』(2014年)のようなRPGで、限定的なコマンド入力要素に触れてはいたが、全く無視してプレイできるのに急に役に立ったりもする厄介な遺物、という感触を否めずにいたように思う(機能として悪いとか余計とかいう意味ではなく、単純に、自分にとって今一つ馴染めない代物がそこにある、と感じたという意味で)。ゲーム内でゲームをプレイする、というメタ要素で、本作といくらか類似した性格を持つ『Pony Island』(2016年)にも、コマンド入力が一つの仕掛けとして登場したが、あれもゲームそのものがコマンド入力という仕掛けによって構成されていたわけではない。
 本作がテキスト・アドベンチャー形式をゲームそのもののメタ的な仕掛けとして採用していることは、ジャンルに馴染みのない私のような人間にとっては、敷居を低く感じさせてくれる役割を果たしているように思う。『The House Abandon』は、「テキスト・アドベンチャーがどのようなものであったか」を物語に織り込みながら、「テキスト・アドベンチャーがどのようなものであり得るか」をゲームプレイとして見事に提示しているのである。

 とはいえ、そのことは、このゲームが、テキスト・アドベンチャー形式特有のストレスを伴わない、ということではない。
 経験がないので往年の作品群との比較は語れないが、本作で入力が要求されるのは、もっぱら単純な動詞と画面内のコンピュータ画面に出てくる名詞の組み合わせで、なにか非直感的な単語探しに陥る心配は全くない。それでもしかし、テキストを読んで自分がとっさに思いついた動作と、ゲームが期待している入力内容とがなかなかかみ合わなかったときのあの歯がゆさは、やはり他のジャンルではあまり感じられないものである。

 ネタバレを避けて具体的な入力内容について語ることが難しいのだが、私が終盤に思い切りつまずいてしまった場面として、テキスト上/画面上でけたたましいアラーム音("the sound of an alarm clock")に襲われる場面がある。ここで“Stop the alarm”と最初に打ち込んで反応が得られなかった私は、「時計を叩き潰す」「耳をふさぐ」「耳をちぎり取る」と思いつく限りのコマンドを打ち込んでもやはり反応が得られず、鳴り続けるアラームに耐えがたくなってくるし、予定していた時間を過ぎるしで、ストレスのあまり一度プレイを中断してしまったのである(当然ながらセーブ機能はない)。
 これは、その後、冠詞を付けずに”Stop alarm”と打てばよかった、と判明。正直に白状すると、ネット世代の短気なプレイヤーである私は、YouTubeでプレイ動画を検索して、該当箇所をチェックした(それでも、そのまま動画で続きを見ようとは思わないあたり、旧世代なのだが・・・)。他の場面では、たとえば“open the door”と打っても”open door”と打っても反応するだけに、一貫性というか法則性が今一つ分からないところだ(なお、私がダウンロードしたあとで、対応コマンドを追加するアップデートがあったようなので、すでに解決されている可能性がある)。

 英語ネイティヴや、往年のテキスト・アドベンチャーに馴染みがある人なら、おそらく感じ方も察し方もまた違うのだろうが、本作を称賛している Kotaku のライターも、「最初は、途方もなくストレスに感じた」けれど、そういう細部への注意の要求こそがホラー・アドベンチャーとしての手触りを確かなものにしている、との趣旨を述べており、このストレスが少なからず、ゲームの核心と切り離せない性格を持つものであるのは確かであろう。

 開発元は、本作について、「プロトタイプではあるものの、完結したストーリー・体験内容となっている」と述べている。一つの完結した作品として感じられるほどに洗練されていると同時に、ここに展開されているコンセプトの上にどんな物語やゲームプレイが築き上げられそうか、という未発の可能性を妄想させてやまない点で、やがて来るべきものの試作品として感じられる、そんなゲームと言えよう。
 近年、『The Stanley Parable』(2013年)をはじめ、メタフィクション的な要素を作品の中心に据えたゲームは少なくない。これらゲームにおけるメタフィクションの試みを興味深くしているのは、操作の介在というインタラクティヴ性そのものというよりも、インタラクティヴ性によってかえって強調される、操作されるゲーム内主体とそれを操作するゲーム外のプレイヤーとのあいだの乖離にこそあるように思える。すなわち、操作がもたらす一体感と、プレイヤーに要求される操作という手順の存在そのものが絶えず思い起こさせる両者の隔たりとが作り出す、喰い違いの感覚である。
 この点、本作のテキスト・アドベンチャーという形式は、プレイヤーの操作の手続きそのものが常に画面上に映し出される点で一層特異といえよう。画面内の画面のテキストが触れる「あなた」と、画面内の画面を見ている(と想定される)視線、画面でそれらを見ながらコマンドを打ち込むプレイヤー、三者の関係は錯綜している。この錯綜がどのように深化されていくか、スタジオの今後の作品が楽しみである。

 対応言語は英語のみ。所要時間は30-40分ほどと記載されているが、私自身のケースに照らすと、終盤まで行きながら最初からやり直す羽目になったという経緯を別にしても、もう少し時間がかかる印象。また、二周していて気がついたが、“look around”や”look at”といった観察のコマンドを飛ばして動作を入力していると、だいぶゲームの印象が違って感じられる。スリルが薄れてしまうのだ。ゆったり余裕をもってプレイすることをオススメしたい。